 |
トゥルービジョン
天柿渋太郎はうだつの上がらないサラリーマンだ。しかし彼はひょんなことから
時空間を越える旅に出ることになる。
トゥルービジョン目次
1.プロローグ
少年が中学3年の、そんなある日のことだった。
少年が家に帰ると、何か慌しい気配が感じられた 大きなトラックが家の前に来ていて、家の荷物を運び出したり、大勢の人が詰めかけて父親に怒りながら抗議をしていた。
母親はただ、おろおろ夫の横で泣き崩れているだけであった。
少年の父親は友人に騙され、大きな負債を抱えることになってしまったのだ。
経理を任せていた、友人の「杉元 聖」(すぎもと きよし)が会社の金を着服し、経理をごまかし5年間に渡って約5億円を懐に入れていたのだ。
これだけならまだしも、小豆相場に手を出し、約7億円もの損失を出していて、二重帳簿で発覚を隠していたが、会社の監査で逃れられないとみるや、なんと、社員のボーナスとして銀行から運んだ、5千万円の現金を持ち出し、夜逃げをしてしまったのだ。
訳の分からないまま、少年もただ悔しくて泣いていた。するとそんな少年のそばに、突然見知らぬ老婆が現れ、なだめるように少年に話しかけた。
「泣くんじゃないよ。いいかい、お婆さんがいい物をあげよう、これは君が大人になったときそうだね、西暦でいうとちょうど2000年だよ。必ず君の役に立つ物だ。ただし、決して他人 に言ったり、あげたりしてはいけない。大事にするんだ。いいね忘れるんじゃないよ!」
老婆は表面が革でできた、小さな箱を少年に渡した。
「お婆さんは誰なんですか?こ・これは、何の箱なんですか?」
少年はしゃくりあげながら、老婆を訝しげに見上げた。
「なにも心配することはないんだよ・・・約束だよ2000年になるまでは、くどいようだが箱を開けちゃいけない」
老婆は少年にそう言い残すと、何処かへ消えて行ってしまった。
なんのことか訳は分からなかったが、それ以来、少年はその箱をいつも大事に保管していた。
1999年12月の師走も押し迫っていたある日のことだ。
男が勤める会社は、有楽町 一角にあり、オフィスビルの3階から5階のスペースを本社として使用していた。
決して大手とはいえないが、りっぱな総合商社だ。不景気で希望退職、リストラの話が出ている企業がある中で、業績はいいらしい。
男は4階に勤務していた。肩書きは食品部「第3営業課長」だ。
黙々と仕事をしているが、なにか精彩がない、いつも疲れているようだった。
今日は土曜日だ、会社は休みのはずだ、しかし男は何かに執りつかれたように仕事をしている。
男は毎週、土曜日か日曜日のどちらかは仕事をしている。会社に来ているとなにか、心が落ち着ける・・・いわゆる仕事中毒なのかもしれない。
ブラインドから、冬の日差しが入り込む昼下がり、男はやっと時計に目をやり、自分で作った弁当の夕食の残り、カレーライスを食べ始めた。
そして、おもむろに自分の鞄から広告の束を取り出し、机の上に置いた。
男はいつも、昼ごはんを食べながら、新聞の広告をチェックし、仕事の帰りに
スーパーでタイムサービスの品物や、割引になったお惣菜を買って帰るのが日課であり、彼の唯一の楽しみでもあったのだ。
休日の唯一の楽しみも、都内の有名デパートに行くことで、別に何を買おうともしない、ただ、展示されている商品等を見て歩くのだった。
きっと、誰もいない家にひとりでじっとしているのが辛く、寂しさから逃れるために出かけているのだろうか。
男の名前は「天柿 渋太郎」(あまがき しぶたろう)、48歳、生まれは東京の下町浅草だ。
天柿が子供の頃、家はとても裕福であり、父は大きな物産店を経営していた。
広い敷地、大きな邸宅に住み、家にはお手伝いが二人もいた。
天柿も幼稚園から中学校まで有名な私立の学校に通っており、何不自由ない暮らしをしていた。
父親が、友人に騙され、大きな負債を抱えるまでは・・・
父親は少年を親戚に預けると、夫婦で何処かへ行ってしまった。
借金の目途がつかなかったので、他県で住み込みの仕事を探しに旅立って行ったのだ。
天柿は、親戚の家で肩身の狭い思いをした。そして、従兄弟の子がいつも意地悪をするので、叔父や叔母にその事を言いうと、「渋太郎、誰のお陰でご飯を食べさせてもらっているんだい?」・・と、いつも口癖はこうだった。
中学を私立から、公立に替え、3ヶ月もすると卒業した。
ガソリンスタンドで働いていたが、居住費ということで、給料のほとんどを、叔父に取られてしまっていた。
わずかに残ったお金も、従兄弟に取られるありさまだ。
約1年過ぎた頃、天柿は一大決心をして、叔父の家を飛び出した。
職を転々としながらも、やがて千葉県の木更津にある建築関係の仕事に就くことができ、会社のはからいで、夜間の高校に通えるようになったが、両親からの連絡は未だに音沙汰なかった。
苦労に苦労を重ね、夜間高校を卒業し、やがて夜間の大学にも入ることができた。
仕事は真面目に働き、夜間大学も苦労をしたが、なんとか卒業することができた。
そして、卒業後はお世話になった建築会社を辞め、東京にある総合商社に就職した。
木更津にいた時、片桐裕子と知り合い同棲した。裕子は岩手県の盛岡生まれだが、高校の時に両親と衝突してしまい、卒業と同時に知人を頼って、千葉の木更津に来たのだ。
そこで、建築資材等を販売する会社の事務をしていて、頻繁に出入りする天柿と知り会ったのだ。
二人は同棲をしていたが、籍を入れてなかった、やがて女の子が生まれた。
しかし、そんな平穏な幸せな生活も長くは続かなかった。
その日は、あまにりにも突然に訪れた・・・・
裕子の両親が、天柿の留守の間に、裕子と生まれて間もない子供を連れて盛岡に帰ってしまったのだ。
天柿は、気が抜けたようになり、しばらくは仕事も手につかなかった。
裕子とはその後も連絡が取れなかった。
|
▲目次へ戻る
2.不思議なメッセージ
1999年12月のクリスマスイブの夜だった。
ひとり人寂しく、小さいケーキを買ってきてシャンパンを開けた。
「今頃、裕子と娘の恭子はどうしているだろか、恭子はもう、20歳になるんだなぁ・・・」
天柿は目を閉じ、物思いに耽るようにシャンパンのグラスを手に取った。
裕子とは、その後連絡も取れなかったが、一日も忘れたことはなかった。
その夜から、不思議なことが起こるようになってきた。
天柿が寝ていると、必ず同じ夢を見るのだ。どこか遠くの寂れた海岸にいつも一人立っている。
波の音が聞こえる古びた洋風の家に、ぼんやりと立っているのだ。
3日続けて同じ夢を見たとき、ふと目が覚めた。 天柿はタンスが青白く光っていることに気がついた。
「ど・どうしたんだろう?何か恐ろしいことでも起こるのかな・・・」
怖かったが思い切って、タンスの引出しを開けてみた。
光っていたのは昔、不思議な老婆に貰った、周りが革でできた小さな箱だった。
いつの間にか小さい箱のことは、すっかり忘れていた。
今まで、どんなに開けようとしてみても、決して開けることのできなかった箱の横に小さな、突起が出ているではないか。
天柿は恐る恐る箱を手に取り、突起をゆっくり押してみた。
すると箱は簡単に開いた。 中には色あせた封筒と金属のような物が入っていた。
「何が入っているんだ・・・う〜ん!?、これは何かの鍵かな?」
天柿は封筒を手に取り透かしてみた。
箱の中に真空管のような物が、あるのが目についた。
「これは小さな電気部品だな、何に使うのだろう?」
さらに、電気部品を包むかのように、折りたたんだ古びた地図のような物もあった。
「これは地図か?、いったい何処の何の地図かなあ・・・」
天柿は想像していたよりは、たいした物でないと思い、そのまま寝てしまった。
雨戸の隙間から、朝の光が寝床の天柿の顔に入り込む。
小鳥の鳴き声がする。 青い光、小さな箱、あれは夢なのか。
・・・・・そして、この日から天柿の人生は、大きく変わろうとしていた。
「いつの間に、寝てしまったのだろうか・・・」
気がついてみると、天柿は布団の中にいた。そばには、忘れかけていた小さな箱があった。
「やはり、夢ではなかったのだな・・・・」箱を改めて開けてみると、その中には家の鍵が1個と、変な形をした鍵のようなものが1個、見たこともないような、電子部品が2個、さらに地図が一枚入っていた。 地図の下の方に、1999年の年が暮れ、2000年になったら、地図の場所に行くよう書いてあった。
「この箱が開く時は、1999年の12月終わり頃のはずだ。私は、ある事情により、この時間とこの場所に同席することが出来ないが、この箱をもって地図の場所に行ってもらいたい。
地図の場所は、宮城県松島の近くの海岸沿いにある、古い洋風の建物だ。
この建物の鍵は箱の中にあるはずだ。
家の中に入ると、応接間の奥のほうに小さい龍の置物がある。
この龍の鼻の所を指で押してくれ、この龍は君の指紋に対応している。
他の誰が触っても、決して何も起こらないが、君が触ると、もう一つの扉が開き、地下に入る入り口が見つかるはずだ。
その中を進むと、行き止まりに同じ龍の置物がある。
それを同じように3箇所進むと、最後に大きな扉が見えるはずだ。その右側に『Welcome』と書いたプレートの下に、小さい溝がある。
箱の中には、もうひとつの鍵のようなものがあるはずだ。
それを溝に入れると扉が開く・・・ なお、この事は、決して誰にも言わないように。
扉を開ければ全てがわかるはずだ」
こんな具合に書いてあった。
「う〜ん、これは、いったい何だ・・?不思議なメッセージだけど・・・一応、念のため、確かめに行ってみるか・・・・」
天柿は、初めは迷ったが、もしかしたら、平凡な人生から脱皮する大転機になるのでは・・と考え行くことにした。
次の日会社に行き、翌年の1月12日まで一週間の休暇申請を出した。
部長は天柿を見上げると、ニヤニヤ笑いながら、「天柿君、どうしたのかね?土日も会社に出てきて、一年中仕事漬けの君が、年始に一週間も連続で休みを取るなんて・・・あれかね?いい女(ひと)でもできたのかな?」
「そ・そんな、ことはないですよ・・ただ、この辺で区切りをつけて、充電でもしてみようかと・・・会社に入ってから連続した休みは取ったことないし、いいでしょうか?」
天柿は部長の思いがけない言葉に、ちょっと照れながら申し出た。
「ああ、勿論だとも、僕も君に一度、長期の休暇を取らせてあげたかったのだよ。
どうかね、君の仕事は僕が何とかするから、この際、1月いっぱい休んだらどうかね」
部長は笑いながら、天柿の肩を叩いた。
「あ・有り難うございます。・・・でも、1月いっぱいなんて、何をしたらいいのかわかり ませんから・・・・」天柿は丁重に断った。
部長の森田健次(50歳)は、日頃から、土日に会社に出勤する天柿を心配していたのだ。
以前から休暇を取るよう勧めていたのだが、仕事が趣味の天柿は聞く耳を持たなかったのだ。
天柿はこれから自分自身に何が起こるのか心配もしたが、現状の生活にない何かができるのではと考え、少年ようにうきうきした。
小学校5年のとき、天柿は母方の親戚の『飛騨高山』まで初めて一人旅をしたことがあるが、その出発前の気分と同じだ。
「こんな思いをするのは、何十年ぶりだろうか・・年明けの出発が楽しみになってきたなあ」
仕事納めのこの日、彼には珍しく残業もせず、帰途についた。
天柿は、期待と不安を胸に1999年を終え、輝ける2000年を迎えたのだ。
天柿は、ガソリンスタンドに行き、燃料を入れ、点検をしてもらい、洗車もした。
そして、食料品を買い込んで、宮城県の地図を買い、翌日の出かける準備を整えた。
2000年1月2日は寒いが穏やで、さわやかな朝だった。
天柿は、問題の場所、宮城県松島へと向かうことになる。
天柿の待っているものはいったいなんだろうか・・・・
|
▲目次へ戻る
3.3Dバーチャルビジョン
天柿は積み込んだ荷物を確認して、車に乗り込みエンジンを始動した。
車が小刻みに振動した。 シートベルトを締め、燃料等のゲージ類を確認すると、ギアをドライブに入れゆっくりと車を発進させた。
天柿の住んでいる所は、京成線沿線の、千葉市内の新検見川だ、京成線『検見川駅』から歩いておよそ10分位の場所にある静かな住宅街にある。
近くには樹木に囲まれた、東京大学の広い芝生の丘陵地があり、クロスカントリー大会が行われたり、住民の憩いの場所でもある住宅地だ。
そんな環境のよい所に建てられた住宅を、天柿は7年前に購入した。
勿論キャッシュでだ。
仕事と貯蓄が趣味と言われているからこそ、現金で買えたのだ。
天柿は国道357号線に入り、左手の『幕張メッセ』の高層ビル群を目にしてから、湾岸習志野インターから高速の東関東道に入った。
少し走ると、左手に東京ディズニーランドのビックサンダーマウンテンが見えてきた。
正月休みのせいか、広い駐車場は、朝まだ早いというのに、もう車でいっぱいだ。
天柿は、帰宅途中の電車の中で、たまに見かけるディズニーグッズの土産を持った家族を見ると、心に何かやり残したという気持ちを覚えた。
親子別々に暮らす生活に、一度は父親としてピリオドをうちたかった。
そして、まもなく東関東道の本線と分かれ、右に大きくカーブをとって首都外環道に入り、東北道を一路、仙台を目指した。
途中サービスエリアで休憩し、仙台市内のワシントンホテルに電話をし、今晩の予約を取った。
長時間、運転するのも久し振りなため、運転に飽きがきた頃だが、もう少しのところまで、きていたので、軽めの食事を取ってからまた走り出した。
仙台南インターで一般道に降り、国道4号線から仙台市内へと向かった。
まだ正月2日目なのか道路は空いていたのか、予定時間より早くホテルに着いた。
長時間の運転で疲れたので、天柿はホテルでしばらく休憩することにした。
正月の三が日を一人で過ごすのは、とても寂しかった。
一度、正月に裕子と草津温泉で過ごしたことがある。
あの時の、裕子の喜ぶ笑顔が、突然脳裏に蘇った。
「むかしを想い出してもしょうがないか・・・これから人生、何をするかだな」
少し感傷的になっていた天柿だったが、すぐ気持ちを切りかえた。
「よし!夕食でも行くか」
腰掛けていた部屋のソファーから勢いよく立ち上がり、電話を取りフロントに外出することを伝えた。
外はすでに、陽が落ちていた。
近くに寿司屋があったので、食事がてら軽く飲むことにした。
正月で人通りが少ないのに、入った寿司屋は以外と混んでいた。
落ち着いて飲んでいられないほど、客達の話し声がうるさかったので、1時間ほどで店を出て、ホテルに戻り、その日は早めに休むことにした。
その夜、天柿は家族団らんでお正月を迎えている夢を見た。
ただ、妻の裕子と娘の恭子が後ろ向きになっていて、顔の表情は判らないが、楽しそうにしている笑い声だけが脳裏に焼きついた。
次の日、ホテルをチェックアウトすると、松島に車を向けた。
しばらく走ると右手に海が見えてきた。
道路沿いに松の木が目立ってきたのが見ためにも感じられた。
「いよいよ松島か〜、ここも何十年ぶりだろうか・・・」
天柿は夜間高校4年のとき、修学旅行で一度、松島を訪れたことがある。
平泉の『中尊寺』を見学した後、翌日塩釜港から船で松島へ向かった記憶がある。
その時、塩釜の旅館で世話になった母親似の女中さんが、なぜか港まで見送りに来てくれ、天柿と別れのテープを途切れるまで持ってて、懸命に手を振ってくれたことを思い出した。
「きっと、自分のことを手のかかる息子のようにだぶらせたのかもしれない。」
と天柿は思った。
「もしかしたら、あの女中さん、行方がわからなくなった、自分の本当の母親だったかも」
あの時、もっといろいろ聞いてみれば・・と悔やんだ。
ほんの数キロで松島に着くという時、左側の小高い丘に、古い洋風の洒落た建物が見えた。
「あっ、あれ、もしかしたらあの建物が地図に書いてあるやつかもしれない。」
車を左側道端に止め、地図を確認したところ、間違いなさそうだ。
建物に入る路地を左に曲がり、20m位上ると、10台は止められそうな駐車場があった。
車を止め門の所まで行ってみた。
表札には、『岩森 信夫』と書いてあった。インターフォンを鳴らしたが、誰も応答しなかった。
「どうしよう、でもここに書いてある地図で間違いなさそうだし、入ってみるか」
天柿は、恐る恐る門扉に手をかけたところ、自動的に門扉は開いた。
整備された石畳を歩き、玄関まで行き改めて、インターフォンを鳴らしたが、やはり応答がない。
別に泥棒に入る訳ではないのだが、なぜか周りが気になる。
小箱に入っていた鍵を取り出し、あたりを見回し誰もいないことを確認してから鍵を鍵穴にいれ右に回したところ「カッチ・・」という鈍い音がした。
ドアのノブを回して、玄関の中に入った。
「ごめんくださーい・・・」と、2度呼んでみたが、中から返事がない。
「すいません・・・どなたかいませんかぁ・・・・」
留守なのかなと思ったが、かまわず靴を脱ぎ、さらに中に入った。
なま暖かいジャスミンの香りがしたかと思うと、先ほどまで人のいた気配がした。
天柿は背筋がぞっとしたが、不思議なメッセージに書いてあった『龍』の置物を見つけ、書いてあるとおりに、鼻を押してみた。
「ゴゴゴォー・・・」と大きな音と共にリビングの後ろの壁が突然動き出し、地下に入る扉が開いた。
「も・もう後戻りはできない・・・よし!」一大決心して中に入った。
中は意外なほど暖かかった。 歩いてしばらくすると、行き止まりの壁があり、左隅に同 じように龍の置物があった。
龍の鼻を押すとドアが開き、更に進んだ。
「うーん?、かなり、地下に下りているようだな・・・」
スロープは緩やかだが、降りているという感覚が感じられた。
3箇所扉を進むと最後に大きな扉があり、たしかに「Welcome」と書いたプレートの下の部分に、小さな溝みたいなものがあった。
天柿は思い出したように、バッグから鍵の ような物を取り出し溝に触れてみた。
すると、大きな扉がゆっくりと開き始め、中から明るい光が差し込めてきた。
「うぉ〜・・・・こ・これは、いったいなんだ!!・・・・・」
天柿は腰を抜かし、気絶しそうになったが、唾を飲み込み、ゆっくりと中に入った。
そこには、見たこともないような、機械類がたくさん置いてあった。
少し奥に、人が入れるほどの楕円形をした筒のような機械の横に、ガラスみたいな透き通った机の上に龍の置物があった。
メッセージには書いてなかったが、触ってみると、目の前に立体映像(3Dバーチャルビジョン)の男が現れた。
年齢は50歳過ぎだろうか、長髪に髭面だが、穏やかな顔をしている。
「ようこそ、天柿 渋太郎君、やっと君に会うことができた。私は君から見ると、300年後の世界に住んでいる科学者だ。名前は、『岩森 信夫』という私の研究は時代を超越するため、悪用される恐れがあり、300年後の世界では、実験できなくなってしまった。そのため、日本でいえば昭和21年、ちょうど 第2次世界大戦が終わって1年くらい過ぎた頃のここにきたのだ。
そして研究所を建て研究をしていたというわけだ。しかし、ちょっとしたトラブルで、うっかり君の人生を変えてしまった。 そこで君の少年の頃に戻り、メッセージの箱を届けたという訳だ。とりあえず、君の人生を元に戻したいのだが、これにはリスクが伴う・・・、詳しいことは後にして、そこの机の横に『on』というボタンがある。 それを押してもらいたい・・・」
と、天柿に向かい鋭い視線をなげかけた。
天柿が『on』のボタンに触れると机全体が、コントロール版に変わった。
「これから、何が起こるのであろうか・・・」天柿はまだ、あっけに取られていた。
「次に、オレンジ色の『study』を押してくれ・・・・」
すると、上から美容院にあるパーマをかける器具と似た、大きなヘルメットを半分にしたような物が降りてきた。
科学者は天柿に、その器具の所にある椅子に座るよう命じた。
「それを頭にかぶり、ヘルメットに付いているサングラスを目の位置に下ろしてくれ、やがてすべてが分かるだろう・・・・」
それだけ言うと、立体映像の科学者は何処かへ消えた。
天柿は言われたとおり、ヘルメットを被り、サングラスを目の位置に降ろしてみた。
しばらくすると、サングラスにいきなり宇宙空間が飛び込んできた。
最初はゆっくりであった星々のようなものが、物凄いスピードで駆け抜けた。
その後、隕石みたいのが次々と迫り来る物凄い恐怖に、思わず大声を出してしまい、何か意識が薄れていく感じがした・・・・・。
どの位、時間が経過したのだろうか、気がついてみると眠っていたのか、目が覚めた時にはヘルメットも消えていて、目の前のコントロールパネルだけが光っていた。
時計を見ると5時間ほど経っていた。
この間に、天柿は約50年分の勉強をしていたのだ。
先ほどの機械が天柿の脳に直接アクセスし、あらゆる情報の記憶がなされたのだ。
「なるほどそういうことだったのか、それじゃ早速行動を起こしてみるか」
天柿はコントロールパネルを軽快に操作し、その日は、来た道を逆にたどり、洋風の建物 に戻った。
「今日は、1月の3日だったな・・・明日、一度千葉へ帰って見るか・・・・」
|
▲目次へ戻る
4.時空間移動装置
天柿は千葉の自宅に戻った。
頭の中はまだ混乱している。
それもそのはずだ、わずか1週間の間に、いろいろな ことがありすぎた。
不思議な箱から始まり、松嶋での出来事・・・すべてが言い表わしようのない事柄。
天柿の頭のなかは、今の21世紀のどの学者よりも優れた頭脳を持つようになったのだ。
それはそうだ、わずか数時間の間に、50年分の教育が出来る訳がない。
しかし、これはまぎれもない現実のできごどだった。
宇宙学から始まり、人類の進化、科学、自然環境、語学、工学等殆どの分野においての情報が天柿の脳に直接アクセスし、情報をインプットしたのだ。
科学者の岩森博士の実験していたものは、いわゆる、時間空間を移動する宇宙船のようなものだ。
それは、皆さんの知っている、『タイムマシン』と呼んでいるものにほかならない。
タイムマシンを扱った映画の一つや二つ見た記憶があるだろう・・・
しかし、映画の中では、重要なことも見落としている。
『タイムマシン』という映画では、主人公が愛する人を失い、タイムマシンを造り、過去 に戻り会いに行くが、何度戻っても違う方法で、愛する人は死んでしまう。
落胆した彼は、未来に行きそこで暮らすことになる。
彼が、未来に行った日から当然、彼は現在から居なくなるのでこの場合、問題ないのだが『バック・トゥー・ザ・フューチャー』の映画では、過去を変え自分が住んでいた今の世界に戻るのだが、よく考えていて欲しい、当然過去を変えたら、そこから変えた新たな歴史が始まる。
そこで、過去を変えた主人公はその時代に生きて行き、別な人生を歩むことにもなる。
たとえば、その場合、現在の天柿をAとすると、天柿は過去から現在までAという人生を歩んだことになる。
ところが、その天柿Aが過去に戻り、天柿Aの少年時代に戻った場合、何も歴史を変えず、現在の社会に戻った場合には、天柿Aは旅行に行った感覚で現在に戻ってこられるはずだ。
しかし、もしここで天柿Aが自分の歴史を書き換えた場合どうなるであろうか?
天柿Aの歴史はそこでピリオドを打ち、天柿Bとしての歴史が始まってしまう。
つまり、天柿Aは現在の社会に戻っても、何もしらない天柿Bが現在の社会で暮しているはずだ。
天柿Aは現在に戻った時点で、この世から抹殺されているわけだ。
当然Aは、今までとは違う“歴史”を歩んだということになる。
すると、どうなるだろうか・・・主人公A・Bと実際には2人になるのではないか。
何も知らないで育った天柿Bと、今までの、経緯を知っている天柿Aの二人だ。
生活はどうなるのか・・・。全てを知っている、主人公Aの暮らすところはもうその世界にはないのではないか。
これが、リスクを負うということである。
天柿が過去に戻り、過去を変え現在まで違う歩みを始めたとする、天柿は幸せな生活を送ることになる。
それはそれでよいのだが過去に行き、過去を変ずに戻って来た、もう一人の天柿はどうなるのであろうか・・・
現在の社会に戻ってきても、彼はその存在すら無くなる恐れがある。
それは別人になり暮らすしかないのだ。
現在の家も、財産も全てなくなる恐れがあるのだ。
時代が変わることにより、今の財産は全て失う。
あの、幸せそうに暮らす天柿家族の夢は本当に起こることなのか?
天柿は真剣に悩んだ。
とりあえず、不動産屋に家と土地の売却を依頼し、家財道具も処分した。
また、当分の生活費を除き、貯蓄等を全て貴金属に換えた。
会社は、一週間の休暇だったが、まだこれから、どうなるか分からないので、やはり、1月いっぱいの休暇の申請を森田部長宛に手紙を書いた。
次の日、天柿は再び松島へ向かった。
検見川の環境のよかった家、7年の短い期間の住まいだったが、名残惜しさは余り感じなかった。
1週間もすると、不動産の売却も完了し、住民票を松島の『岩森邸』に移そうと市役所に行くと、すでに天柿は岩森博士と養子縁組が済んでいて、ここの住人となっていたのだ。
「岩森博士が、気を遣ってやっておいてくれたのかな・・・・よかった」
天柿は翌朝すぐ、地下の実験室に行き、金庫の中に貴金属類を入れ、リビングに戻った。
ちょうど、岩森博士が、帰って来たところらしい。
「あ・あなたは、バーチャルビジョンに出ていた、岩森博士ですね?・・天柿です。
どうも・・会えてよかった・・・」
現実に見る博士は、精かんな顔つきをしていた。
そして、低音の声でゆっくりと天柿に 話しかけた。
「私は、もう300年後の世界には行かないのです。 それは、天柿君、君が一番知っているとおもう。 私が未来に帰らないことにより、もう一人の私は、決してタイムマシンの研究をすることはないだろう。 たぶん、今後は、一度入ったら絶対抜け出せないというブラックホールを調査したい。 また、最後は無限といわれる宇宙の果てまで行き、その果てを確認してから、その場所で、そのまま人生に終止符をうちたい」
天柿は博士の言うことが、まだよく分からなかったが「な、なぜ僕にタイムマシンを預けるのですか?」と、不思議そうに尋ねた。
「それは、私が未来に帰らなければ問題ない。タイムマシンの設定は、君以外の人が操作しても、起動すらしないようにしてある。 私が、終戦当時の日本に来た時、年齢は20代だった。しかしDNAを操作し、今の実年齢は78歳なのだが、肉体的には 50歳過ぎの年齢になっているのだ」
「年齢も操作できるんですか?」
「これは、私が人体実験をしたのだが、神に背くことになる。絶対にしてはならない。私の寿命は普通なら後、30年足らずだと思う。この研究資料は全て破棄した」
心なしか、沈んだ声になった。
「それでは、博士は今後どうするつもりですか?」
「愛着のある、この家で生涯を閉じたい気持もあるが・・・ただ、天柿君には、この家を提供するつもりだ。 この先は君の意思と責任で、全てを行うのだ。未来に行くのも、過去に>行くのもよし、過去に戻ったとき自分の人生を変えてもよいが、一つだけ 決してしてはならないことがある。それは、過去の君に深く関ってはならないということだ」
「過去に関わる・・・?、関わったらどうなるのですか」
「もし、過去の本人にこの事を話したら、その時点で同化が始まる」
「同化・・・・?同化って何ですか?」
「同化とは、同一の時代に同じ人物が、全ての事を知った段階で、二人はこの世から消滅する。しかし、本当の事を知らなければ本人に会っても、何も問題も起こらない。ただ、事が起きた場合は、3分以内にどちらかが消えないと、二人とも消滅するのだ。これは絶対、肝に銘じるように」
博士の話、“消滅する”という言葉に天柿は少し恐ろしくなった。
しかも、なぜ岩森博士が300年後の世界から、現在に来て、自分にタイムマシンをあずけたのか・・・・
今の天柿には、とても怖くて聞く勇気がなかった。
なかなか理解しにくかったが、天柿は、博士と相談して、地下に行き、タイムマシンに初めて乗ってみた 。
「どう見ても、SFの映画に出てくる、宇宙船にしか見えないが・・・」
タイムマシンの操作については、脳に直接インプットされているので、問題なくできそうだ。天柿が宇宙船のようなもののそばに行き、機械に触れると、ドアが突然開いた。
外見は全長6m、幅が約3m、高さ3mくらいの感じだったが、3重になっているドアの中に入ると、どうしたことか3階立てになっており、入った所が、コントロールセンターで、広さは約100u、真中のハッチを下りると、機械室とデータ室に、更にその下の階に行くと、食糧倉庫と休憩室になっていた。
コントロールセンター内の操縦席メイン計器版の前に座った。計器版といっても飛行機の操縦パネルのようなものではなかった。全体が青白く光る、発光体のようだ。
天柿が発光体のセキュリティのところに軽く指を触れると、正面に立体画像が現れ、各箇所の操作の説明が流れ始めた 。
頭の中に操作の仕方は記憶されているが、実際この場面に遭遇すると戸惑うものである。
操作は、殆どが自動的に行われた。
この機械は、ただのタイムマシンではなかった。
宇宙空間を自由に移動できる、宇宙船としての機能を備えていたのだ。
燃料は固形燃料でも、原子力でもなかった。
宇宙空間には、太陽のように熱エネルギーを出すものと、ブラックホールのように光まで吸収するものまで様々だが、陽エネルギーでは届く範囲が限られてしまう。
しかし、このタイムマシンのエネルギーは、宇宙空間に無数に存在する星々から発する粒子や、電磁波等をエネルギー源としている。
しかも、反重力エネルギー変換システムと、地磁力変換装置を備えており、万が一にも、2重、3重の安全が施されていて、どんな時代にいっても、マシンが動かなくなるという不安はなかった
博士からの移動許可が出たので、天柿は、先ず、練習のため火星まで飛んでみようと思った。
マシンのエンジンが始動した。
秘密の地下通路を通り、一度、海の中に入り、それから地上に出ると、レーダーで近くに飛行物体がいないのを確認してから、一気に 上昇し地球の大気圏を抜け、あっというまに宇宙空間に出た。
エンジン音は地上から上昇する時だけ、飛行機の滑走路から離陸する音に似ていたが、宇宙空間に出てからは、電気自動車に乗っているかのような感じで、エンジン音が聞こえない静かな船内だ。
このマシンは、高速の数倍の速度で移動できる。
アインシュタインの原理では、物体の速度が光に近づけば近づくほど、重量が重くなり(質量が増える)、マシンの中と外では、時間のタイムラッグ(時間差)が生じるということだが、このマシンには、それは当てはまらない。
なぜかというと、反重力システムのお陰なのだが、自動的に、重力を調整しているため、どんなに高速で移動しても大丈夫なのだ。
火星にはあっというまに着いた。
地上に降りてみると、物凄い砂嵐だ。普通のものだったら軽く飛ばされるところ、反重力システムと、シールドのお陰で飛ばされることもなく、マシンに傷が付くこともなかった。
マシンの重量は30t位になっていたのだ。
しかし、マシンの中は、地球上と変わらない重力であることはいうまでもない。
火星の大気は気薄で、二酸化炭素が多く、表面温度の平均はマイナス30度からマイナス140度の極寒の世界だ。
天柿は、スペーススーツをまとった。 このスーツには、人体維持装置が装着されており、酸素の供給はもとより、小型反重力システム、垂直飛行装置等が内臓されている。
外に出て、しばらく火星の大地を捜索してみた。
火星に着陸した無人探査機、バイキング1号から撮った写真を、天柿は新聞等で見たことがある。
「う〜ん、写真で見たとおりで、大きな石がゴロゴロあるなぁ。石の方向がみな同じ方角に向いているのは、この辺は大昔、急な川が流れていたのかな」
天柿は、はるか以前、火星にも水があり、地球に近い時代もあったのではないかと感じた。
天柿はスペーススーツで地上1mほど浮揚し、ゆっくりと移動している。
別な場所を探索しようと思ったとき、ある考えが浮かんだ。
「そうだ、火星に着陸した探査機の所へ行ってみよう」
天柿は、スーツの胸ポケットから、携帯電話のような「機器」を取り出し、画面に“未確認宇宙船”とあるメニュー表示に触れ、周囲にあてた。
すると、北西5キロ先にその“物体が”確認された。
「機器」は磁石に似たようなもので、周囲四方100キロ先まで全ての物質を反応できる機器だ。これも岩森博士が造った物だ。
天柿は機器のメモリを確認しながら、探査機の方へ向かった。
探査機は砂にまみれながら、静かに着陸していた。
天柿は地面に着地して、しみじみ見上げた。
「これが人類が打ち上げ、ここ火星まで飛行してきた物体なのか・・・地球人の技術もたいしたものだな・・・・」
天柿は感心した・・・・・が、しかし、博士の技術からしたら、赤ん坊みたいなもので、彼の発明、技術が今の地球の人々、科学者が知ったら、それこそ大変な騒ぎになるだろうと思った。
天柿は、人類で初めて火星に降り立った最初の人間になったのだが、このことは、今の人類は誰も知らない。
天柿は、自分が最初に火星に来たという証を探査機の前に、何か残そうと考えたが、地球の歴史を変えることになるのでやめた。
少し周囲を歩いてみた。
「実際に、火星を歩いてみると、不思議な感じがするな、私がこんな経験をしているとは、誰も思わないだろう・・・・みんなに見せてあげたいな」
天柿は、映像を撮りたい衝動にかられたが、これもやめた。
2万6千メートルあるオリンポス山や、長さ日本列島ほどの深いマリネリス峡谷等、まだまだ火星を探索したかったが、ほかの天体など行ってみたい所がたくさんあったので、マシンに戻ることにした。
スーツに装着してあるオートホームシステムのスイッチを入れた。
天柿は、自動的にマシンに戻ることができた。
天柿は船内に戻り、地球へと向かった。
地球からの距離およそ、227,940,000 km、しかし、このマシンにとってはほんの僅かな距離であった。
天柿は探査機の前を歩いた足跡を、火星の大地に残してきたことを忘れていた。
でも、それも砂嵐で消されることになるだろう。
|
▲目次へ戻る
5.ベーシックタイム設定完了
天柿は、地球に戻ってきた。
他の天体にすぐにでも行きたい衝動にかられたが、タイムマシンのほかの機能もすぐにでも試してみたかったので、未来の世界に行くことにした。
「う〜ん、他の天体にも行ってみたいけど、タイムマシンは魅力だなぁ、とりあえず無難なところで、近未来にいってみようかな。」
タイムマシンのメニューモードを切り替えた。
コントロールパネルの色がグリーンに変わり、ベーシックタイムの設定のメッセージが表示された。
ベーシックタイムとは、タイムマシンをドライブするための基本設定である。
タイムマシンが、例えば、未来・過去に行ったとしよう、その時の時間が2000年1月20日の午後2時とした場合、この時間から、100年後の世界に移動して、一週間そこで生活したら、実際の天柿の体内時間は、2000年の世界に戻ってきた時は、2000年1月27日の午後2時+αになっているはずだ。
これは、人間の生態リズムを狂わせないためのものだが、これが機能していないと、どうなるであろうか・・・出発した時間と、帰ってきた時間がどうようになるのか。
一週間くらいの滞在では、殆ど影響がないが、これが、1年、3年、30年となると・・・賢明な読者諸君は、もうお気づきのはずである。
ベーシックタイムの設定を起動した時から、未来のどこに行っても自動的に、天柿が過ごした時間が加算され、地球時間と変わらなく戻って来れるのだ。
アインシュタインの相対性理論では、例えば、双子の天柿がいたとする。
兄の天柿が超高速の宇宙船に乗って長期間、宇宙旅行に行ったとして、その間、弟の天柿が地球に残って兄を待つ、そこで、地球に帰って来た兄の天柿はどうなったか。
兄は弟より若くなったのである。
つまり、天柿は未来にタイムマシンで宇宙を超高速で移動すると、加速や減速で、タイムマシンには見かけの重力がかかる。そして、その見かけの重力によって、マシン内の時計は遅れてしまう。
すると、戻って来た現在の地球は、天柿が宇宙で過ごした時間より、進んでしまうのだ。
それを防ごうというのが、ベーシックタイムの設定である。
それでは、ベーシックタイムのスイッチをいれよう・・・・」タッチパネルに触れると、「この設定でよろしいですか?」というメッセージが表示された。
確認のパネルを押すと、横のベーシックタイムのパネルが「2000/01/15/10:02」と点滅した。
次はドライブモードだ。
リアルモード・・・通常の運行モードでタイムマシンが移動する時、移動先では誰の目にも見えてしまう。
シークレットモード・・・移動先では、タイムマシン自体は、他の者からは見えないがその世界にマシンは実存する。
バーチャルモード・・・ちょうど映像を見ているように、移動先の世界の寸前にいるため、マシン船内からは外の世界は見えるが、実際の世界には実在しない。
通常は、バーチャルモードで移動し、安全が確認されると、シークレットモードでその世界を移動して、安全な場所にマシンを隠す。(他人には見えないため)まったく、関係ない場合はリアルモードにするのだが、このモードは安全のためほとんど使用しない。
「じゃあ、無難なところで、実験的に20年後の世界に行ってみようか・・」
天柿は、移動先を自分が住んでいた千葉市西部の、緯度140度02分、経度35度42分に設定すると、バーチャルモードで20年後の世界を目指した。
最初はかん高いエンジン音がしたが、すぐマシンは本当に移動しているのか疑うような静かな船内になった。
丸い小さな窓から外を覗くと、真っ暗な宇宙空間のようで、遥か先に光輝く星雲のようなものが高速で過ぎ去って行く。
「映画とかでは、タイムマシンが移動する時、周りが虹色に光ったり、空間がゆがむ感じになるけど、本当は宇宙空間を移動しているのと同じだな・・・周りに見える星や 天体のようなものは、一体なんなんだろう・・・」
やがて目の前が、急に明るくなったので、マシンを空中から移動して地上を探索した。
「20年後の世界といっても、今とほとんど変わらない気がするな・・・もう少し近づいて調べよう」天柿はバーチャルモードのまま、マシンを地表に近づけ、地上の酸素濃度、汚染濃度を測定した。
「あれ?現在(2000年)の世界より、20年後の世界の方が、綺麗だな・・・」
ますます悪くなる地球の環境汚染を、21世紀に入ったから、人間達はやっぱり考えたのだろうか。
マシンは地上に着陸した。
「とりあえず、安全が確認されたので、外に出てみよう」
天柿は2階の資料室に行き、20年後の貨幣を探し、当面の生活費を持ち出した。
念のために、金地金を少し持っていこう・・・」
天柿は、携帯用の「ホームシステム」を腕時計代わりに腕にセットして、マシンをシークレットモードに設定して、マシンから降りた。
マシンは実際にはここにあるのだが、そばで見ても普通の人からは見えないし、触ろうと思っても実際には触ることができないのだ。
ホームシステムで現在位置を確認すると、どうやらここは千葉の市川市らしい。
「う〜ん、江戸川の水も以前より綺麗になったようだなぁ・・・少し市内を歩いてみるか」
天柿は市川駅方面まで歩いてみた。
「2000年の世界と殆ど変わらないな・・・車は現在のものより洗練されたデザインだが、相変わらずガソリン車は走っているし、少ないけどディーゼルトラックも走っている・・電気自動車は普及しているのかな・・・参考にならないな・・・・」
デパートに入り、電気製品売り場にいくと、さすがに変貌していた。
今のブラウン管テレビは見かけず、平面薄型テレビになっていた。
パソコンも更に小型化し、驚いたのは500グラムにも満たないその軽さだった。
有楽町にある、天柿が勤めている総合商社がどうなっているか、気になったので行ってみることにした。
電車に乗るため、駅で切符を買おうとしたが、自動販売機は少なくなっていた。
殆どの人は、何か携帯電話のようなものを、改札口を通る機械にタッチしながら通っていく。
電車のデザインも、随分と洗練されているが、駅は昔とあまり変わっていないようだ。
目的地の有楽町に着き、商社に向かった。 東京のオフィス街でもある有楽町は、昔と比べ人通りが少なくなっている気がした。
天柿は商社があるビルを探したが、あるはずのビルに会社がない。
ビルの守衛に聞いて見ると、すでに10年前に、大手町の方に自社ビルを建て営業しているという。
「そうか、きっと会社は儲かって、順調にいったんだな・・・」
天柿は、その新社屋ビルに行ってみようと思ったが、すでに森田部長は定年で
いないだろうし、知っている人も少ないので、やめることにした。
10年後の世界だったら、部長もまだ勤めているだろうし、何よりも“自分”の立場はどうなっているのだろう・・・と天柿は思った。
すぐマシンに戻り10年前に行って会社を覗いてみたい衝動にかられたが、その“自分”がどうなっているのか、怖くてこれもやめてしまった。
20年後の世界は、天柿にとりこれといって、驚くものではなかった。
何か安心したのか、小腹が空いたので、近くのレストランで食事をとることにした。
「うむ・・、食事の味も2000年と変わらないな・・・・」
食事を済ませると、市川の江戸川河川敷に戻り、近くに人がいないのを確認してから、ホームシステムを作動させてマシンに戻った。
時間を2500年に設定した。
同じように、バーチャルモードで500年後の世界に移動を開始した。
時間は15分とかからなかった。
2000年からすると500年後の世界だ。
今度は、2000年とは違いがある世界だろうと思った。
安全のため大気の確認と、汚染状況を調査したところ異常が認められなかったので、シークレットモードに変更し、調査を開始した。
500年後の世界はさすがに想像を絶する世界だった。
現在位置を座標チェックしたところ、東京あたりらしいが、都会の面影が一切ない。
人間も道を歩いているが、何か無表情のような気がする。
着ている服も妙な感じだ。
驚いたことに、地上には電柱はなく、家の形もみんなばらばらだった。
中には小さくしたピラミッドみたいな物もあれば、球を真ん中から半分に切ったような物、ただの四角、五角形の筒状な物等、様々な建物だったが、ビルみたいのがあまり見当たらない。
さすがにマシンの資料室にも、この時代の貨幣はなかったので、また金地金を持った。
天柿は20年後の世界に行った時のように、スペーススーツから現在の服に着替えた。
恐る恐る外に出てみた。
勿論、マシンをシークレットモードで隠したのはいうまでもない。
緑に囲まれた道を進むと、大きなドームのような建物が見えてきた。
中に入ってみることにした。
「どうやらここは、何かの資料館みたいなものだな・・・見たこともないようなものがたくさんある。私が岩森博士の機械で勉強したことも2300年までの世界のことだ・・・ここから先は全く分からない」
天柿がボーとして立っていると、突然、後ろの方から女の子の声がした。
「おじちゃん、変な格好しているけど、何をやっているの?」
「えっ?・・・・・」
振り向くと、そこには10歳くらいの女の子が、白っぽい服を体全体にぴしっと身にまとい、笑いながら立っていた。
天柿は2000年の服装、背広姿だ。
この世界では奇異に写ったのだろう、とっさに天柿は演技をした。
「う〜ん?おじさんね、ちょっと頭を打ったらしく、記憶をなくしたみたいなんだよ・・・ここはどこかな?」
「そうなの?おじちゃん可哀想だね・・ここはねぇ、自治区の歴史資料館だよ、みんな昔の歴史を調べる時に来るんだよ・・・・」
「そうなんだ、じゃ〜、どうやったら調べられるの?おじさん、みんな忘れちゃった。
はっはははは!」頭をかきながら、照れたふりをした。
少女に機械の操作を教わり、歴史をひもといて見ることにした。
資料室のデータによると次のようになっていた。
2300年までのデータはある程度、勉強で分かっていたが、岩森博士が生まれ育った時代を最後に、後は不明だった。
2300年代に、大災害が二度起きたと資料に記されていた。
関東、東海大地震と富士山大爆発だ。 これは、2000年から予想され、恐れられていたことだ。
2400年になると、地球の地軸が何かの影響でずれ、大幅な気候変化が 起こった。
そのため、地球以外の天体に移住した人が全人類の10%もいたのだ。
分かっていたこととして、21世紀後半に再び、悪化する環境汚染で、一時は地球も危なかったのだが、電波エネルギーの発明で、化石エネルギーからの変換がおこり、世界的に普及し、危機を免れた。
その後100年の間に、地球は再度整備され、平和な世界が戻っていたのだ。
資料を見ていて天柿は驚いた。
2300年代の偉大な科学者として、岩森信夫の名前があった。
彼は、宇宙関係の偉大な功労者であり、彼の発明した宇宙理論により安全>に宇宙を旅行できるようになったのだ。
天柿が使用しているマシンは、機能は別としても、基本的な理論は受け継いでいるのだ。
ただ、タイムマシンについては、どこを調べても出てこない。
きっと、岩森博士はこれを封印し、未来の博士は宇宙の研究に没頭したのだあろう。
未来から過去に移動して、自分の人生を変え、タイムマシンの研究にピリオドを打たせ、歴史を変え、自ら20世紀にやってきたのだろうか。
「うむ、なんか複雑は気がするな・・・私の人生も同じようになるのだろうか・・・・」
天柿は資料館を出て、500年後の世界を見歩いた。
この世界では、交通機関は全て無料のようだ。
バスのような細長い乗物がやって来た。
みると地上をすれすれに空中に浮いているようだ。
「これが地磁力エネルギーなのかな、うちのマシンにも使われているが・・・」
バスに乗ると、天柿を見て乗客は皆、笑いながら何かを話していることに気がついた。
|
▲目次へ戻る
6.謎の天体X
バスの中の乗客は、天柿をみて笑っているのだろうか。
何も、革靴を履き、ネクタイ締めた背広姿でなくてもよかったのに、これも生真面目な天柿の性格からだろうか。せめてGパンに、上はポロシャツにジャケットにすればよかったのに・・・と天柿は少し後悔した。
しかし、履いている革靴には、小型反重力装置と、補助ホームシステムが左右に埋め込まれていた。
腕時計型のホームシステムが何かの原因で壊れた時とか、不慮の事故で盗まれた時のためにセットされていたのだ。
この時代の人達は、何か特殊な金属の繊維で出来ているような、宇宙服を連想させる・・・ちょうど、SF映画の未来の人達が着ているような、そんな感じのスタイルをしていた。
乗客の若い女性の一人が、天柿に話しかけてきた。
「あのう、すみません、もしかして旅のお方ですか?」
「え!?・・そ・そうですが」何と返事をすればよいか一瞬、天柿はとまどった。
「映画で見た昔のようなスタイルをしているもので・・、ことによったら、どこか他の珍しい天体から、いらしたのかと思いまして・・・」
「じ・実は、そうなんです。他の星から来たんですけど、トラブルに巻き込まれてしまって・・」
「あら、それは大変でしたね、警察とかに行かれました?」
「えっ?まだですけど、この世界の星のことが全然分からなくて、とりあえずこのバスに乗っただけなんですよ・・」
「そうなのですか、このバスは自治管理局に着きますので、そちらのインフォメーションセンターに行けば、案内してくれます」
「どうもご親切に、有り難うございました」天柿は軽く会釈した。
女性は、微笑みながら、次のバス停で降りた。
「今の女性の話からすると、他の天体から旅行者とかが来ているのかな・・・」と、天柿は、つぶやいた。
しばらくすると、バスはゆっくり終点の自治管理局前に停車した。
女性が言ったとおり、中に入ると確かにインフォメーションセンターがあった。
忙しそうに対応している受付の係の一人に尋ねた。
「あのぅ、すみません旅のものですが、警察はどちらでしょうか?」
「このカウンターを右に行き、突き当りを左に曲がり、西側出口を抜けると、そこが警察です」
受付の女性は、機械的な仕草で早口に教えてくれた。
「どうも、有り難う・・・」天柿は、教わった場所を反復してから、女性に軽く頭をさげ、その場を去った。
警察署を目指し歩き始めたが、途中、ふと思い出した。
「待てよ・・このまま警察に行くと、身分照会されて下手をすると捕まるかもしれない・・・」そう思った天柿は警察に行くのをやめた。
そして、近くのショッピングセンター みたいな所を見つけたので、買い物をしようとした。
「あっ、しまった・・この時代の貨幣がない・・・金地金で何とかなるかな?」
試しに、ショッピングセンター横に「マネーチェンジ」と書かれたカウンターがあったので、聞いてみることにした。
「あのぅ、すみません、旅の者ですが、ちょっとしたトラブルでこの星に来てしまい、お金がないのですが」と言って、係の人に金地金を見せた。
「これは、金属の金なのですが、これを貨幣に換えることができますか?」
天柿の取り出した、100gの金地金を見て、係員は仰天し驚いた。
「おお!こ・この金属は・・・」
係員の大声に周りの人達も、びっくりした様子で、天柿を見つめた。
「お客様ただ今、上司を呼んで参りますので少々お待ちください」
更に、係員は、天柿の耳元に近づき、囁くように言った。
「ここはなんですから、どうぞ奥の部屋でお待ちになってください」と係員は、天柿の腕を掴むかのように会議室に招き入れた。
係員は奥の会議室に案内すると、椅子に座るよう勧めて会議室を出て行った。
会議室の中を見渡すと、壁に何処かの天体の写真らしいものが掛けてあった。
よく見ると、薄いパネルのようになっていて、画面が立体的に見えた。テレビのような物なのだろうか。
横の壁には、何か角の生えた、頭は怪獣のようで、首から下が人間のような、SF映画に出てくるような、不気味な置物がこちらをにらんでいた。
しばらくすると、上司らしい男が、頭をぺこぺこさせながらやって来た。
「どうもどうも、お待たせいたして申し訳ございません」
天柿もつられて、頭を下げた。
「ところで、先ほどの金属を早速見せて頂けますか?」
天柿は、金地金を男に見せた。
男は何か小さい機械のような物を取り出して、金地金にセンサーのようなものを触れ、しばらくじっとしていた。
すると、男の表情が変わり大声をあげた。
「こ・これは、素晴らしい!・・これは伝説の金属だ・・・めったにお目にかかれるものではないぞ・・」
男は興奮して天柿を見つめた。
「お客様、これをどちらで手に入れました・・・・?」
「この金属だったら、私の住んでいる星では結構流通していますよ。貴重な金属に変わりはないですけど、しかし、かなり高価な物で庶民にはなかなか手が出ませんが・・・」
天柿は、大げさな仕草で男に言った。
「そうでしょうとも、これは凄い・・ところでお客様は、これを私どもに両替してとおっしゃいましたが、いかほどで・・・」
天柿は、まったく相場は知らなかったが、足元を見られては困るし、少し、はったりのつもりで、男を見下すように言った。
「そうだね、手放すのは惜しいですが、この星の貨幣が必要だし、まぁ、あなたを信用して全て任せますよ」天柿は少しおだてた。
「有り難うございます。それでは、これでどうでしょうか?」
表示板には、『100,000,000ルクス』と表示された。
「まぁ、こんなもんでしょう」と、知ったかぶりしたように天柿は了解した。
「お客様、この星では、通常カード支払いになっております。」
男はカードを取り出し、チャージ機器に通した。
「では、こちらのカードに『100,000,000ルクス』チャージしておきましたので 、こちらの、ボタンに触ってください。」
天柿は言われたとおりに、ボタンに触った。
「これが本人識別システムです。 他の人が使おうとしても、使用できませんから安心してください」男はカードを天柿に手渡した。
「それから、このカードは、他の星でも、殆ど使うことが出来る共通貨幣となっていますのでご安心です」
そう言うと男は、部下二人を呼び、金地金を大事そうに渡し、大金庫にしまうよう指示した。
この星では、金は非常に貴重で、100,000,000ルクスというと、今の日本の貨幣価値に例えるなら、1億円くらいの相場なのだ。金の取引自体がめったになく、天柿のように持ち込むこと自体が不思議だったのだ。
それでも、ここは良心的らしく、市場では金地金100グラムに対して、110,000,000ルクスから120,000,000ルクスで取引されるから、天柿にとっては、非常に運がよかったのだ。
天柿はわずか100gの金で、金持ちになってしまった。
天柿は、近くのショッピングセンターに行き、この時代にみんなが着ている服を買った。
ついでに小物も一緒に買ったが、支払いは、9,800ルクスだった。
日が暮れてきたので、とりあえずホテルを捜すことにした。
「すみません、このあたりで、ホテルはありますか?」服等を買った店の店員に尋ねた。
「ホテルですか?え〜と、この1ブロック先に銀河系では有名な、ホテルギャラクシーがありますけど、出口を出て右へ曲がり、100mくらい行った所です」
そこのホテルは、この都市では超一流とのことらしかった。
天柿はホテルに着き、部屋を予約した。
途中、他の星の生物(人間)らしき人と、何人か行き会ったが、向こうも興味ありそうにチラっと見て素通りした。
彼らは普通の人達よりは大きく、身長は2mは優に超えていて、一目見ても、この世界の人達との違いが分かった。
宿泊はとりあえず、2泊することにして、2泊分の料金を前払いで20,000ルクス支払った。
ボーイに案内されて、5階の5050号の部屋に入った。
部屋は入ってすぐ、30畳近くある広さのリビングがあり、その奥に20畳ほどの部屋にベッドが置いてあった。
リビングには「トーテムポール」のような彫刻物と大きいパネルテレビが壁に掛けてあった。
ほかにも小さな装飾品類が置いてあり、特に、窓のカーテン等の装飾は高級感にあふれ、現在の地球とくらべると、とても一泊1万円で泊まれるホテルではなく、それは豪華な部屋だった。
実は、天柿にとってもう一つ、運がいいことがあったのだ。
通常この世界では、現在の戸籍制度みたいなものはない、先ほど現金をチャージした、カードのようなものが全てだ。
ひとりひとりにカードが配布され、管理局の職員がきて、設定するのだが、たとえ紛失しても、管理局ですぐ再発行できるので安心なのだ。
神は天柿に幸運をもたらした。
この時代では、非常に価値のある金地金を持っていたのと、偶然来てしまった旅人ということ、それに両替所の男が実は、金地金を両替する客なんて、まずあり得ないことでカードを偽造(聞こえは悪いが、たまたま未入力のカードがあったから出来たのだが・・)
したことにより、誰からも怪しまれなかったのだ。
もし、最初に警察に行けば、不法侵入者で、身柄を拘束され、しばらくは留置場から出ることが出来なかったことを、天柿は知らなかった。
この日は、バイキング形式の夕食をとり、地球時間でいうと、今日1日で火星や2度の世界を見て回ったせいか疲れたので、早めに休むことにした。
朝、モーニングコールなのか、壁掛けテレビに突然、音楽が奏で出た。
よく聴いてみると、モーッアルトの「クラリネット五重奏曲」の第4楽章だ。
「う〜ん、名曲はいつの時代になっても、演奏され続けているのだな・・・」
天柿は音楽に興味はなかったが、趣味で音楽活動している同じ職場の人からの
招待に、義理で一度、演奏会を聴きに行った時、演奏していたその曲の軽やかな旋律を覚えていたのだ。
天柿は、昨日買った服を着ながら、曲に耳を傾けていると、これまた突然、画面に美女の立体映像が現れた。
何か、ホテルのCMらしい。
「お客様、天体Xへようこそ!、並びに当ホテルをご利用いただき有り難うございます。当ホテルでは、ただ今新春サービス期間中につき、特別観光サービスを実施しております。専用のクルージングができる、ニュータイプのエアタクシーが当ホテル利用者に限り、格安の料金で利用できます。1日たったの20,000ルクスですので是非ご利用を」
ナレーションが終わると、美女はすぐ消えた。 観光の勧めで、ホテルの広告だった。
天柿は部屋で運ばれてきた朝食をとりながら、どうしようか考えた。
せっかくこの世界に来たのだから、2000年と2500年の違いを見ることにした。
天柿はフロントで観光を予約し、エアタクシーを呼んでもらった。
しばらくすると、黄色いタマゴを平たくしたような感じの乗り物がやって来た。
ドアが開くと、はっとするような美人の女性ガイドが車から降りてきた。
「いらっしゃいませ・・・スタートラベルをご利用していただき有り難うございます。」
「あっどうも、今日は宜しく頼みます」天柿は緊張して言葉を返した。
「こちらこそ宜しくお願いします。それでは、こちらへどうぞ・・」
天柿は、ガイドに手招きされ、開いているドアから、エアタクシーに乗り込んだ。
タクシーの中は以外に広い。
もしいきなり、現在の人間がこの世界に来てしまえば、ちんぷんかんぷんで戸惑ってしまうだろうが、天柿は、岩森博士から教育を受けて、タイムマシンの操作をしていたので、そんなに違和感はなかった。
|
▲目次へ戻る
7.高級リゾート地
エアタクシーは、静かに飛び立ったと思ったら、急激に体がシートに押し付けられた感じになった。
美女のガイドは、フルオートマチックのモードにすると、天柿の方に振り返って微笑んだ。
「お客様、どちらの星からいらっしゃったのですか?これから、この星のツアーに出かけますが、どのコースがよろしいでしょうか?」
「僕ですか、地球という星から来たのですが・・・」
「えっ、地球ですか?歴史によると、昔この星も地球と呼んでいたそうですが・・・」
ガイドが、パネルのスイッチを押すと、天柿の目の前に、立体画像が現れ、コースの名前が表示された。
Aコースは、南国コース
Bコースは、寒冷地コース
Cコースは、歓楽街巡回ツアー
Dコースは、特別コース(オプション料50,000ルクスが必要となります)
「どれが、お勧めですか?」天柿は、ガイドに尋ねた。
「そうですね、南国コースはのんびりできますが、寒冷地コースは、マニア向けです。それと、歓楽街巡回ツアーは、特産料理が出て、飲んで騒ぐ人向きですね・・・」
Dコースの説明はしないようなので、なぜか聞いてみた。
「Dコースの特別コースってなんですか?」
「Dコースをご希望なさるお客様はめったにいないもので、それにオプションの追加料金がかりますし、金持ちのお客様向きのようです」
「いやぁ、お金はいんですけど、あれかな、妖怪とか、怪物でも出るのかな?」
「Dコースは、高級リゾート地で、のんびり過ごす“スペシャルコース”です」
女性ガイドは、顔を赤らめて微笑んだ。
「・・えっ、スペシャル・・・の・のんびり過ごすって・・・・」天柿は、よからぬ事を想像したが、思い切ってDコースを頼むことにした。
「そ・それでは、Dコースにしてくれますか」カードをガイドに差し出した。
「有り難うございます。それでは、50,000ルクス決裁させていただきます」
決裁されたカードを天柿に返し、ガイドは「では、Dコースを選択させていただきます」と、操縦席にもあるパネル版のDコースをタッチした。
「それでは、タクシーをくつろぎモードにしますね、南国コースを経由して行きますので」
女性ガイドは、微笑みながら、更に操縦席のパネルを操作した。
エアタクシーの部屋が、急に落ち着いたベージュ色になり、ちょうど小さなラウンジのようになった。
「なにか、お飲み物でもお作りしましょうか?」
「ああ、いいですね。どんな物があるのですか?」
「この星では、パワフールって飲み物が流行っていますが」
「なんですか?、その、パワフールって?」
「南国のフルーツから造られたお酒です」
「ふうん・・・・」天柿は鼻をならしながら、パワフールを注文した。
「そういえば、ここは500年後の地球のはずだよなぁ〜、なんで、“天体X”っていうのかな?・・」
天柿は、心の中でつぶやいた。
「お待ちどう様です。これがパワフールです。どうぞ」
「有り難う」天柿は、大事そうにグラスを口元に寄せた。
「う〜ん、これは美味しい飲み物ですね、僕の星の、リキュールに似ている」
天柿は、ピンク色のパワフールを美味しそうに飲んだ。
エアタクシーは海の上を軽快に飛んでいる。 別に船みたいに海の上を走行している訳ではなく、海面の上およそ5m位の所を浮いて、ジェット機のように飛んでいるのだ。
「ちょっと、質問があるのですけど、いいですか?」女性ガイドに問いかけた。
「何でしょうか?」ガイドは、操縦席のパネル画面に写っている天柿を見た。
「この星の名前、天体Xですよね、いつ頃からあるんですか?」
「えっ・・・いつ頃と言われましても、昔は地球と呼んでいた時代もあったと聞きますわ・・・。お客様は地球から来たとおっしゃっていましたが、本当なんですか?」
「ええ実は、トラブルに巻き込まれましてね、約500年前の地球から来たんですよ・・・・でも、こんな話、しても誰も信じないですよね、はっはははは!」
「そうなのですか、でも、何年か前に何処かの星の博士が“タイムトラベル”というものを発明し、この星で実験したと聞いていますが」
「えっ!いつ頃の話ですか?」
「そうですね、確か、100年前頃らしいですけど・・それが、なにか・・・?」
「その、タイムトラベル、うまくいったんですか?」
「駄目だったみたいですよ。 空間に歪みが出たそうで、その影響かどうかわかりませんが天体Xの地軸がずれたそうです」
「その博士の名前は、何という方ですか?歴史の資料の中にも、出ていなかったようですけど」
「実はその博士というのは他の星、ケケロン星から来た、コロッケ族のオラン・ブータンという、身長3m位の大型の宇宙人で、実験に失敗して、天体Xから逃げて行ったそうです」
「じゃあ、この時代でも、タイムトラベルは無理ですよね?」
天柿は一瞬、まさか岩森博士が?・・・と初めは思ったが、2300年代初期まで研究していた博士だから、当然、それは違うだろうと感じていた。
今度は女性ガイドから、天柿に質問してきた。
「お客様は、この星に来たのは、どういう方法できたのですか?」
「この時代と似た、空を飛ぶような乗り物で走行中に、突然大きな嵐に遭遇し、気がついたらこの星にいたんです。ですから、なぜ、どうして来たのか、全く見当がつかないのです」
天柿は、嘘をついた。
タイムマシンの存在を誰にも知られたくなかったのだ。
「そうなのですか、それでは、もう昔のお客様が住んでいた世界に戻れないのですね・・・・」
ガイドは、悲しそうな目つきで、天柿を見つめた。
「大丈夫でしょう、何とかなります。 最悪の場合、この星で暮らします。はっははは・・・」
天柿は、無理に作り笑いをした。
「酔っぱらってきたかなぁ・・・それにしても、パワフールは美味しいな・・」
あまり酒が飲めない天柿だが、その美味しさに、もう3杯も飲んでいるのだ。
エアタクシーから外をみると、陸地に入ったようだ。椰子の木に似たような植物が生い茂っている。
しばらく走ると、ピラミッドを小さくしたような建物が見えて来た。
エアタクシーは、その建物の前に止まった。
エアタクシーのドアが開き、天柿は外に出てみた。
「陸を走って来たと思ったら、そばに海があるんですね。いやぁ綺麗だなぁ・・・・」
「そうでしょう、ここは天体Xでも、指折りの高級リゾートですよ」
女性ガイドは、誇らしげに言った。
中の大ホールに入ってみると、それは目の見はる色彩豊かな、じゅうたんがいっぱいに敷かれ、贅沢ともいえる装飾品や絵画があちこちにあり、とても広く快適な建物である。
建物はホテルの部屋が77室と、分譲マンションの併用になっており、マンションは55室の住まいがあり、面積250u超の4LDKの各住まいで、サウナ、温泉付きである。
なんと驚いたことに、各星のシェフも揃っており、いつでも食べたい料理も注文でき、医療施設もあるというのだ。 敷地も3000坪くらいあり、室内プールは勿論、乗馬、テニスコート、ゴルフ場もあり、樹木もたくさん生い茂っている。
「それでは、ごゆっくりとおくつろぎ下さい。私は一度、会社に戻ります。
3日したら戻って来ます。そのさい、周囲の景勝地をご案内できると思います」
女性ガイドはそう言うと、エアタクシーに乗り、物凄いスピードで帰って行った。
「それにしても、不思議だな・・・やはり岩森博士は、タイムマシンの開発をやっていなかったのか・・・しかし、資料館で調べた情報では、博士は20代の若さで宇宙研究のため、何処かの宇宙に飛び立ったまま、戻らないことになっていたはずだが・・・私に情報を提供してくれた博士は、自分の過去を変え、未来の博士はずっといるはずではないか?」
天柿は悩んだ、確かに岩森博士のいうとおり、博士の功績で、宇宙旅行が安全にできるようになったことは間違いないが、博士は密かにタイムマシンを研究したが、そのまま自分の過去を変えずに、過去にもどったのではないか。うむ・・・分からないことばかりだ・・・・」
しかし、このリゾートでの生活は、快適そのものだった、500年前の世界でさえ、これだけの環境のリゾート地は、めったにお目にかかれない。
しばらくすると、美女達が20人ほどやって来て、美味しい料理を作ってくれたり、宇宙の面白い話しをしてくれたり、それはもう一言では言い尽くせないような・・まるで極楽とはこういう事をいうのか・・・天柿は,ふと『浦島太郎』の物語を思い出した。
「ま・まさか、このまま一気に年を取ってしまうのではないだろうな・・」一瞬背筋がぞっとした。
「でも、このままずっと・・・ここで暮らしたいなぁ・・」
3日が過ぎた。約束どおりエアタクシーの女性ガイドが戻って来た。
「お待ちどう様でした。いかがでした?ここの生活は?」
「いやぁ、最高ですよ!、快適そのものでした。ところで、この場所をすごく気に入ったので、空いている部屋があれば、すぐ購入したいのですが」
「えっ、お買いになるのですか?」ガイドはびっくりした顔で天柿を見た。
「はい、いくら位で買えるのですか?」
「ちょっとお待ちください。今すぐ調べてみます」ガイドは、携帯電話のような物を取り出し、何処かに連絡をとった。
「では、ロビーのソファーにお座りになってお待ちください」
天柿はいわれたとおり、ソファーに腰掛けていると、ちょうど前にある壁掛けテレビから、男の立体画像が現れた。
「いらっしゃいませ。スタートラベル不動産部にようこそ、こちらの物件ですが、ただ今最上階の901号室が売りに出されております。お値段でございますが、20,000,000ルクスとなっており、キャッシュでご購入いただければ、特別に18,000,000ルクスで結構でございます」
天柿は迷わず「それでは、すぐに購入しますので、手続きをお願いします」
天柿は、カードを取り出してガイドに渡した。
「かしこまりました。それでは、決裁させていただきます」女性ガイドはカードを携帯電話のような物へ、さし入れてから天柿に返した。
立体画像の男は、「早速ありがとうございます。今しばらくおまちくださいませ・・」
そう言うと、画像からすぐ消えた。すると、15分もしないうち、ジエット便で管理局から書類が送られてきた。
「もう、この物件はあなたのものです。 それにしても、随分お金持ちなのですね、このようなお客様って、初めてお目にかかりますわ」女性ガイドの、天柿を見る目が変わったような印象をうけた。
「いやぁ、金持ちだなんて、とんでもないですよ。ただ、地球から来た時に、少しだけの金地金を持って来たので、両替してもらっただけですよ。ほら、まだ300グラムほどありますけど」
天柿は、洋服に付いているポケットみたいなところから、100gの金地金3枚を取り出し、女性ガイドに見せた。
「え〜っ、うそーぉ・・・こ・これだけで360,000,000ルクスの価値があるわよ、この星では、めったに見られない貴重な金属よ!」女性ガイドは興奮して、天柿を見つめた。
「そうみたいですね、私も実際びっくりしているんですよ。」
話をしているうちに、時間がきた。
二人は、エアタクシーに向かい歩き出した。
「それでは、ホテルに戻りましょうか」
ガイドは、タクシーのドアを開けてくれ、天柿はタクシーに乗り込んだ。
タクシーは、ゆっくりと浮き上がったと同時にスピードを上げた。
「では、この星の一番素晴らしいと言われる、リゾート地の名所、景勝地をご案内しながら、ホテルへ向かいます」女性ガイドは、何か嬉しそうに言った。
「・・・・・・・」考え事をしていたのか、天柿は返事をしなかった。
ガイドも観光が気乗りしないのかと思い、天柿の顔色をうかがうように、振り返った。
「ところで、あなたのお名前は、何とお呼びすればいいのでしょうか?」
天柿の言葉に、ガイドは一瞬面食らったかのように返事をした。
「えっ?・・・・・・」
「私の名前は『あまがき しぶたろう』といいます」
「あら、ごめんなさい。わたしの名前は『いわもり』といいます」
「えっ、いわもり・・・・」と、つぶやいた。
同時に操縦席にある、ナビのようなものの上に『岩森莉恵』という、名札に似た立体映像が回転しているのに気がついた。
「・ ・・まさか、いくらなんでも岩森信夫博士と関係があるとは」
天柿は思わなかったが、軽い気持ちで聞いてみた。
「あのう、岩森さんという名字、もしかして2300年代の科学者の『岩森信夫博士』と関係あるんですか?」
「ええ、私の何代か前の先祖になりますが」彼女はあっさりと答えた。
「えっぇ〜!本当ですかぁ!〜」天柿は飛び上がるほど、びっくりした。
このまさかが、本当になったのだ。
「何か、岩森博士にご興味あるのですか?」
「ええ、まぁ・・資料室で読んでいて、偉大な科学者と分かったもので・・そうですか・・・」
天柿は、なにか感心したかのように、この偶然を驚いた。
「・・・それで、名前は『リエ』さんと言うんだ」チラっと名札に目をやった。
「いいえ、”リケイ”と言うんです」
「えっ!”リ・ケ・イ”さんと・・読むんだ・・・・ふ〜ん」天柿は、鼻を鳴らした。
「そうなんです、私のお祖父さんがつけてくれたらしいのです」
天柿は、自分の前にあるディスプレイに映る彼女の顔をみつめた。
「お父さんの言い伝えによると、信夫博士は、『宇宙空間移動装置』を造る過程で、当時『香港』と呼ばれていた国で、基礎研究をやっていたらしいのです。・・そこで、研究所のある女性と、恋に落ち、研究を続けるために、泣く泣く彼女と別れたらしいのと聞きました」
急に話す声のトーンが落ちてきた。
そして、莉恵の目が潤んでいるようにみえた。
「・・・でも、博士は彼女のことが、どうしても忘れることができず、研究を棄ててまでも、去っていった彼女を捜しに、故郷の大陸、『天津』まで行き、市内を捜したが見つけられず、その後、技術を生かす所で働いていそうな都市、『北京』『上海』と捜し歩き、傷心のまま、日本へ帰ったそうです・・・」
そう言うと、利恵の目からは光るものが落ちた。
「そうなんですか・・・でも、あなたのお名前『莉恵』さんと、どういう由来で付けられたのですか?」
「その、信夫博士が愛した女性の名前は、『莉麗』(りれい)といい、お祖父さんが、まだ生きていた時に、ある日、この地へ旅行に来た彼女のお祖母さんと偶然会ったというのです」
莉恵は上を見上げるように、さらに話を続けた。
「当時、お祖父さんはツアーコンダクターをしていたので、きっと、旅行に来たお祖母さんのグループを案内していた時、知り合ったのでしょうね・・・」
少しの沈黙が続いた・・・天柿は二人の会った時の、情景を想像した。
「それで、お祖母さんの話によると、莉麗さんは信夫博士が必ず迎えに来てくれるとかたくなに信じ、彼女は故郷に帰らず、いつまでもその『香港』という都市(まち)で、一人寂しく待ち、暮らしていたそうです・・・いつしか、必ずその日が来ることを信じながら・・・・」
莉恵はいつしか、目頭を押さえていた。
|
▲目次へ戻る
8.岩森博士
エアタクシーは順調に、海の上を快適に飛行していた。
天柿は、莉恵にしばらく声をかけられなかった。
「研究に没頭することだけが、岩森博士の人生かなと思ってたけれど、温かい人間的な一面も持ち合わせていたんだな・・しかも、大恋愛だったとは・・・」
天柿は、心の中でつぶやいた。
天柿は、ふと・・片桐裕子とのことをダブらせながら、博士に親しみを覚え、急に会いたくなり、岩森博士のことが身近に感じられるようになった。
突然、莉恵の方から話しかけてきた。
「莉麗さんと、信夫博士のことを知ったお祖父さんは、感動して、いつの日にか女の子が生まれたら、莉麗さんに関連する名前を付けようと、心に決めていたらしいのです」
天柿はようやく『莉恵』という、中国風な呼び方の名前の意味が理解できた。
「それで、お祖父さんの息子・・・莉恵さんのお父さんに、待望の女の子が生まれた、それがあなただったのですね」
「そうなんです、でも、子供の頃はこの名前とても嫌だったんです・・しかし、お父さんに、この話しを聞かされてからは、とても気に入っていますの」
「そうか・・そういうことだったんだ・・・」
天柿は迷ったが、莉恵に本当の事を話すことにした。
「じ・実は私ね、500年前の地球から嵐に遭遇して、この時代に来たと言ったけれど、あれ違うんです・・・・タイムマシンでこの時代に来たのが事実です」
「えぇっ!〜嘘でしょう、信じられない!」
「信じられないと思いますけど、これは事実なんです」
「しかし、この時代にもタイムマシンなんていう物はないですよ、まして、500年前の世界に、タイムマシンがあるとは思えませんけど・・・」
「だから、岩森博士の造ったタイムマシンで来たんですよ!」
「えっ!、博士をご存知なんですか、あっ、い・いや!信夫博士と会ったことがあるのですか?」
莉恵は、次から次に信じられない、天柿の話に興奮した。
「ええ、確かに本人に一度だけ会いしました。」
「・・・・なぜ、天柿さんに信夫博士がタイムマシンを?」
「私もよく分からないんですよ!」ちょっと、苛立ったように言うと、目をつむり、少し考えてから、何か自分に納得するかのように、顔を上下に振った。 そして、意を決するかのごとく、莉恵に話しかけた。
莉恵さん、決めました。私は今すぐにでも再び500年前の世界に戻って、真実を見つけようと思います」莉恵は、その天柿の言葉を待ってたかのように、緊張する表情で言った。
「天柿さん、私も一緒に連れて行ってくださいますか?」
「えー!、い・一緒にって、この私とですか、じょ・冗談でしょうー!」
天柿は、莉恵の唐突ともいえる言葉に驚いた。
「本当です。私も、信夫博士のことを知りたいのです。莉麗さんとの間のことも、もっと詳しく知りたいのです。天柿さん、どうかお願いします」
天柿は、心臓が飛び出すくらいびっくりした。心臓の鼓動が聞こえてくるようだ。
もう何十年もこんな思いをしたことはなかった。
「私は別にかまわないけれど、お家の方は許してくれますか?・・誰がこんなこと信用してくれますかね」
「正直に話しますわ、そして、説得します。きっと許してくれると思います」
莉恵の強い気持ちが感じられたが、天柿の頭の中が混乱した。
「もし、岩森博士と莉麗さんと、二人の恋が成就されていたなら、宇宙を安全に移動できるロケットの研究だけをしていたのではないのか?・・・いや、待てよ・・これで研究をやめていたかもしれないな・・・すると、私はこの世界は知ることはできないし、この地に立っていることもできないんだな」
「タイムマシンが、宇宙船の研究の過程で、偶然に発明されたのかどうかは、分からないが、いずれにしても今、こうして500年後の世界に現実に、この私がいるのだから・・・」
天柿は、自問自答した。
「分かりました、観光は別な機会にするとして、ホテルに戻り、それでは私の、マシンの置いてある場所に行きましょう」エアタクシー左に急旋回した。
しばらくすると、エアタクシーは無事にホテル前に着いた。
「じゃぁ、2時間後、ホテルのロビーで待っています」
「分かりました。私は会社に戻り、休暇の申請を出してから、家の両親に承諾を取って参ります」莉恵はそう言って、エアタクシーに乗り込んだ。
「大丈夫かなぁ・・・両親が許可してくれるか?・・まあ、簡単にはいかないな」
天柿は難しいことはわかっていたが、できれば彼女の希望どおり、一緒に連れて行ってあげたい気がした。
タクシーを見送った後、天柿は、ホテルに行かず、例の両替所に行き、持っていた残りの金地金300グラムを交換することにした。
両替所に着くと、窓口の係員に、一度両替を頼んだ上司の人を呼んでもらった。
「いらっしゃいませ、先日は有り難うございました。では、どうぞ奥の方へ・・・・」
天柿は、奥の会議室に案内された。
「それで、今日はどのようなご用件でしょうか」
「実は、あと金が300グラムあるのですが、どうでしょうか270,000,000ルクスで両替してもらいたいのです」
天柿は丁重に頼んだ。
「えっ!まだ、そんなにお持ちなさっていたのですか」男は、再び驚いた。
「でも、お客様、これは先日両替したより安いレートになりますが、もう少し引き上げても結構ですよ」男は良心的に天柿に言った。
「いや、このレートでいいですよ」
「そうですか・・・でも、何かあったのですか?」
「何かというわけじゃないんですけど、他の天体に旅行がしたくなったの・・・他では、この金地金がこの星より値打ちがあるか分かりませんし・・・・それに、あなたが“信用”のおける人だと分かりましたので」
男は天柿に何かしの理由があると感じたが、それ以上追究するようなことはせず、ビジネスに徹しようとした。
「もし、安いレートというなら、失礼かもしれませんが、あなたに、”チップ“として差し上げても結構ですが」この言葉に、男は天柿の意図がわかった。
「わ・分かりました。それでは、私が30,000.000ルクスの“手数料”を頂いてもよろしいのですね」男は、目で合図するかのように天柿を見た。
「ええ、かまいませんよ、この天体Xにしばらく来られないかもしれないので、それで結構です」
男は、300,000,000ルクスで一度決裁し、天柿のカードに270,000,000入金後、自分のカードに30,000,000ルクスを振り込んだ。
「これで、手続き終了です」
男は天柿にカードを渡すと、ニヤっと笑い
「それでは、このことはお互いに秘密にしておきましょう。どうか良いご旅行を」
男は、天柿に握手を求めてきた。
この星に来て最初、警察に行ってたならば、天柿は間違いなく密入国者として拘束され、さらに両替所でも、金品類の高額持ち込み禁止違反もわかり、通報されたならば取り調べを受けたはずだが、“運”よく、対応してくれた男のお陰で、事なきを得たのだ。
それを、天柿も分かったので、”チップ“として渡したのだ。
天柿は、ホテルに戻り荷物を整理した。
「そろそろ時間だな、ロビーに行くか」
1Fのロビーのソファーに腰を掛けていると、いくつかある立体映像テレビが、ロビー内をリフトのように回転していて、その一つが天柿の前で止まると、突然、莉恵の画像が現れた。
「天柿さん、申し訳ありません。今、自宅に戻り両親に話をしたところ、信じてもらえず、結論が出ておりません。今晩もう一度話し、何とか説得しますので、出発を1日延期してもらえますか?」
「ええ、大切なことですから、その方がいいですよ」
「有り難うございます。両親から許しが出たら、すぐ連絡いたしますわ」
説得が難しいのは分かっていたが、こんなこともあると思い、天柿はあらかじめ用意していた物があった。
そして、バッグからある機器を取り出そうとしていた時、莉恵の画面が消えかけようとしていたので、あわてて叫んだ。
「あっ!莉恵さん、待ってください!」
天柿の大声に反応したのか、霞がかっていた莉恵の映像が、再び鮮明に現れた。
「どうしたのですか?天柿さん」莉恵は、ただ事でない雰囲気を感じとった。
天柿は、画像に近づき、機器を莉恵の目元に見せるように、早口で言った。
「じ・実は、この機械なんですが、一度時間を移動した箇所からは、どこからでも岩森博士のタイムマシンとアクセスできる、一種の無線装置みたいな物で、この装置をご両親に渡せばきっと、分かってくれると思います」
「わかりました、20分くらいで行けると思いますので、ロビーで待っていてくれますか」
天柿は同意すると、急いでその機械を何やら設定し始めた。
20分少々過ぎてから、莉恵はホテルのロビーにやって来た。
「あっ!すみません、遅くなりまして」少し、息を切らせたように言った。
「莉恵さん!この機械です、これを渡してください。タイムマシンに同じ機械があります。どこの時代に行っても、リアルタイムでご両親とお話しができます」
「電話のようなものですね、分かりました。もう一度、説得してみます。許しが出たら、すぐ天柿さんのお部屋に連絡を入れます」
そう言うと、莉恵は両親の説得に自宅へと 戻っていった。
莉恵の家は、交通アクセスもよい市街地から少し離れた、小さな湖のほとりにあり、樹木がいっぱい茂り、それは自然豊かな所にあった。
この都市(まち)の人達からは、居住してみたい場所の一番の憧れの所でもあった。
その一体の中央ほどに莉恵の住まいがあった。
そこの広い庭に、観葉植物等が植えてあるガラスで出来たフラワーハウスがあり、そのすぐ隣の大きな平屋建てのリビングの窓から、莉恵の父親と思われる怒声が聞こえてきた。
「だから何度も言っているだろう!その天柿という男の話しだって、作り話しではないのかね」
うんざりだと言わんばかりだ。
「お父さん、信じてこれは本当なのよ。子供の時、お父さんに信夫博士のことを聞かされてから、どんな人柄か興味があったし、博士の人生や研究の過去に、何があったのか調べようと思っていたのよ、それで今回は博士の、疑問に思ったことを解き明かすチャンスなのよ ・・」莉恵は必死に訴えた。
「しかし、確信のない話しに親として、承諾するわけにはいかないだろう」
「お父さんだって、昔、お祖父さんから信夫博士のことを聞いたとき、かなわぬ夢だけど、博士に一度は会って確かめたいと、何度も言っていたじゃない・・その夢がかなうかもしれないのよ」
莉恵の言葉に、少し罰悪そうに父親の表情が和らいできた。
「でも、だからといって、自分からわざわざ危険を冒すような事しなくてもいいだろう。その天柿という人に、任せておけばいいんじゃないのかね」
父親はむっとした表情でグラスの酒を飲み干した。
「天柿さんが信じられないというなら、この機械を見れば分かるわ」
莉恵は、天柿から預かった無線装置を父親に渡した。
「ん?なんだ・・この機械は・・・・」
「私がどんな時代に行っても、リアルタイムでこの世界と交信できる機械よ」
「え!こんな物が、500年前の世界にあるなんて信じられないぞ」
父親がうさん臭そうに言うと、母親もうなずいた。
「だから、この機械は信夫博士が造ったものなのよ」
「えっ、何だって? 嘘だろう」両親は無線装置を手に取りしみじみ見た。
「信じられない・・・・これが、500年前の世界と話せるなんて・・・」
父親が感嘆した表情でいると、母親が話しかけた。
「ねえ、あなた、天柿さんのお話し、信じられるかもよ、本人に聞いてみましょう。実は、私も前から興味があったのよ、信夫博士のことは・・・」
母親の言葉に父親は迷っているようだった。
「ところで、その天柿さんとかいう人は、信用のおける人なんでしょうね」
心配そうに、母親が莉恵に尋ねた。
「ええ何日か、天柿さんを見ていますが、大丈夫のようです。それにセンサー チェックも異常みられませんでした」
莉恵は、会社のデータを両親に見せた。
天柿は知らなかったのだが、ホテルに泊まった時から全身をチェックされ 、安全か危険かの生態反応を調べられていたのだ。
「じゃぁ、会社の方はどうするんだね」父親が諦めた表情で言った。
「すでに、一週間の休暇を認められていますけど・・・・」
「そうか、じゃぁ一週間で帰って来るんだね」
「わからないわ、もっと長くなるかも・・・」
「おいおい、それはやめてくれよ・・会社の『スタートラベル』にも、まずいんじゃないの、お前が学生時代から希望して、せつかく入った会社なのに・・・迷惑をかけるのでは・・」
「それも、あらかじめ伝えてます。 実は、今回の事実を話したら、会社の広報出版部の担当者が、記事にすることもあるので、岩森博士と500年前の世界を調査してくれと、業務命令が出たんです」
「なに・・・まったく手回しのいい奴だ・・いったいこの性格は誰に似たんだ」
「それは、お父さんに似たんじゃないの・・」莉恵は苦笑しながら言った。
「よし、分かった。莉恵がそこまでいうのならしょうがない、連絡を定期的に入れることと、危険を感じたら見を隠すことを条件に許可しよう・・・母さんもいいね」
父親の言葉に母親も頷いた。
「お父さん、お母さんありがとう・・・」莉恵は両親の承諾にほっとした。
莉恵は、早速、天柿に連絡を入れるため、家にあるパネル画面の前に立ち、天柿のいる部屋のコード番号を入力してから、画面の中央下にある、映像カメラの出力スイッチに触れた。
天柿のいるホテルの部屋にある、立体パネル画面に莉恵の映像が入った。
「天柿さん、莉恵です。 やっと両親の許可がおりました。」
「そうですか、ご両親は心配したでしょうね、本当に大丈夫でした?」
「ええ、大丈夫です。ちゃんと理解してくれましたわ、それで、両親が天柿さんに挨拶したいと言ってますので、今変わります」
莉恵の映像が消え、少しノイズが入ったから両親の映像に変わった。
父は50歳前後だろうか、背が高く、鼻髭が生え揃えており、ほりの深い顔立ちで、母はまるで、姉妹ではないかと思うほど若く見える。
二人とも美男美女であり、莉恵が美人であるのも頷けた。
「君が天柿さんか、岩ね森博士から君にタイムマシンを託したと聞いたが・・」
「あっ、初めまして天柿です。ええ、博士には謎があるようで、それを追いかけてみようと思っているのです」
「何しろ言い出したらきかない娘(こ)だから、よろしく頼むよ」
今度は母親が心配そうに言った。
「天柿さんでしたね、何とぞ、娘の安全を宜しくお頼みします」
「分かりました。ご心配なさらぬように、私が責任もってお守りします」
天柿は力を込めて言うと、両親は少し安堵の表情を浮かべた。
それから、暫く両親と天柿自身の過去の話しなど雑談の中から、自分の生い立ち等を話す経緯に至り、それを聞き終えた母親は何か訴えるように
「天柿さん・・あなたも色々あったのね、大変でしたね・・・」
と、しみじみ言った。
再び、莉恵の映像に変わったから、天柿は明日の予定を伝えた。
「では、明日の10時にホテルのロビーで待っております」
最後に莉恵に待ち合わせ時間を告げると、画面から莉恵の映像が消えた。
天柿はベットに寝転び、明日からの行動をどのようにしたらよいか考え、莉恵が博士と会ったら、どのような展開になるか興味津々になった。
「博士は松島の自宅にいるだろうか?、放浪癖のある博士だから、きっとまた何処かへ行っているだろうな・・・」
「それにしても、500年後の世界は予想していたより住みやすい所だな・・・特に購入したリゾートマンションは素晴らしいし、留守にしても管理はいき届いているので安心だし・・・将来、そこに暮らしてもいいかな・・・・・」
天柿はベット横にあるスタンドの灯りを消した。 その夜、天柿は楽しそうに笑い声がするいつもの夢をみた。
翌朝、約束の時間がきたので、身支度をしてからロビーに行くと、すでに莉恵は来ていた。
チェックアウトの手続きをして莉恵の所に行くと、晴れ晴れした美しい笑顔で、天柿にお礼をいった。
「昨日は本当に有り難うございます。あの無線装置が役にたったようです」
莉恵がお礼を言い終わるなり、天柿は身を引き締めるように言った。
「莉恵さん!あなたの安全は、私の命に代えても必ずお守りします!」
内向的で優柔不断な天柿にしては、珍しく普段の天柿らしからぬ力強い言葉に、莉恵は天柿についていけば絶対、安心できると感じた。
「あっ、ありがとうございます。どうかよろしくお願いします」
心なしか、莉恵の顔が赤らんでいるように思えた。
「それでは、参りましょうか・・・」
二人は、インフォメーションセンター前の、一般タクシー乗り場に行った。
乗ったタクシーも、エアタクシーと同じようなものだが、観光用のとは違い
造りも質素で小さかった。
しばらく行くと、天柿が無料バスに乗った、見覚えのあるバス停が見えてきた。
「あっ、あそこのバス停の前でいいですよ」運転手に告げると、タクシーは静かに止まった。
料金を、カードで決裁して、二人はタクシーを降りると、タイムマシンの置いてある場所に向かった。
そこは、枯草が生えていて人が寄り付かない、わりと小さな広場で、樹齢数百年の大木が生えている。
オートホームシステムを起動し、周りに人がいないことを確認すると、船体のドアを開けた。
勿論、シークレットモードにしてあるため、マシンはドアの開いた部分だけが見えるのだ。
「さあ、莉恵さん、中に入ってください」天柿はあたりを見渡しながら言った。
「はい、分かりました」莉恵は素早く、マシンの中に入った。
二人が中に入り、ドアが閉まると同時に、虹色の光線のようなものが二人に降り注いだ。
莉恵はまぶしくて、腕で光線をふさぎながら中に進んだ。
「心配しないで、これは、殺菌・除菌光線なんですよ、別に『天体X』が汚染されているという訳じゃなくて、全て 自動で行なっているのです」
三重のゲートを通り、マシンのコントロールセンターのコックピットに入った。
このマシンは、大きさはそれほどでもないが、空間の歪みを利用して、3階建ての内部はおよそ300uほどあるのだ。
「こ・この機械は全部、信夫博士が造ったのですね!・・・」
莉恵は七色に点滅しているピット内を見渡し、驚愕したように言った。
「それでは莉恵さん、500年前の世界に戻ります」
天柿の声に、莉恵は無言でうなずいた。
天柿が、マシンをコントロールすると、キーンと鋭い金属音に似た音と共にマシンは上昇し始め、あっというまに真っ暗な宇宙空間に飛び立った。
マシン内は反重力システムのお陰で、地球の地上と同じような重力が働き、物体が浮揚するとか、いわゆる宇宙酔いが感じられない。
しばらく飛行していると遥か前方に、闇の中から光る雲のような明かりが近づいてきた。
「うわー凄い!真っ暗な中に光っている、あの物体は何なの!」
「あれは、アンドロメダ星雲といい、地球・・いや、この天体Xから250万光年離れている星々の集団の一つだよ」天柿は、得意そうに莉恵に話した。
「天柿さんの、住んでいる500年前の世界ってどんな所なの?」
「う〜ん、実はあまり良い所じゃないんだ。 民族によっては争いが絶えず、戦争、テロ事件、飢餓・・・無秩序な開発による環境汚染など拾い上げたらキリがないんだ・・・」
天柿は、下を向いてため息をついた。
「でも、素晴らしい人達もいたって、何かの資料で読んだことあるわよ」
「全部が全部じゃないんだけどね!」ようやく天柿に笑顔が戻った。
やがて、地球銀河系が近づき、あっという間に地球が見えてきた。
「あの青い星が、私の住んでいる2000年の地球だよ」
天柿の言葉に、莉恵は胸がドキドキ高鳴ってきた。
マシンの速度が落ちると、一度海に入ってから秘密のゲートを通り、地下室で止まった。
「さあ、莉恵さん、500年前の世界に着きましたよ、マシンから降りましょ
う」
莉恵の胸の高鳴りは続き、天柿に手を引かれるように、怖々マシンから降りた。
コックピットのメーターパネルには、天体Xからの走行距離は53,000光年、所要経過時間は地球時間14分55秒を指していた。
二人はタイムマシンを降り、3箇所のゲートを抜け洋館に入った。
小鳥がさえずる、のどかな昼下がりだった。
リビングルームにある置時計を見ると、2000年1月19日午後0時半を少し過ぎたところだった。
これも、ベーシックタイムを起動しているので、特殊な操作をしない限り、天柿が実際にタイムマシンで出発の時間が加算されているのだ。
「ちょうど、6日間旅をしていたんだな〜」天柿は懐かしそうにつぶやいた。
案の定、岩森博士は何処かに旅に出たままなのか、留守だった。
「こ・この部屋に信夫博士が今も住んでいるのですか?」
莉恵は驚きをとおりこし、放心したように言った。
「そうです。また、旅に出たようで、いませんけどね」
「いつ帰って来るのですか?」
「分かりません、分かっているのは、一度旅に出たらしばらく帰って来ないということです・・・」
「そうなのですか・・・」莉恵は気持ちが沈んだようになった。
「さあ莉恵さん、500年前の街へ出てみましょう!」
明るく振る舞うようにいうと、莉恵の表情に笑みが戻り、天柿の着ている服を見て言った。
「ええ、でも、この服じゃ変でありませんか?」
「あっ!、莉恵さんも同じだ」
天柿と莉恵は、500年後の服を着たままだった。
「これは、おかしいわ、はははは」
「そうだね、わっはっははははは」お互いの服の格好を見て笑いあった。
天柿は、こんなに陽気に笑えたのは久し振りだった。
|
▲目次へ戻る
9.作並温泉
天柿は、莉恵の洋服を買うため現在の服に着替え、ひとりで市内に行くことになった。
この時、莉恵は何か恥ずかしそうに、二つに折ったメモ用紙を天柿に渡した。
「あのう・・すいません、洋服を買うときにこのメモを店員に見せてくださいますか」
「ええ、いいですよ。それでは申し訳ないんですが、少しこの家で待っていてください。しばらくしたら戻ってきます。莉恵さんにとっては、化石みたいに見えるでしょうか、20世紀のテレビを見ていてください、飲み物は冷蔵庫に入っていますから適当に飲んでくださいね」
「なにか、見るものすべて新鮮な感じですね。映画の世界にでも出てきそうな・・不思議な体験をしているようです」
莉恵は子供のように、無邪気に笑いながら天柿をみた。
天柿は、家の外にでると、自分の車のドアを開け車に乗り込んだ。
車の運転席に座り、キーをさしこみ、エンジンを始動した。
「慣れって怖いな・・・ほんの数日500年後の世界に行っていたら、今までの生活がスローモーションのように感じられるし、不思議な気分だ」
ゆっくりと、車を発進させると、市内に向かっていった。
千葉の家は処分してしまい、この売却費用の3,200万円のうち、税金を差し引いたほとんどと預貯金をあわせると、約6,000万円あったお金のほとんどを貴金属に替え、手元に残ったのは当面の生活資金の1,000万円だけだった。
いろいろ考えをめぐらせているうちに、デパートが見えてきた。
駐車場に入り、空いているスペースを探していると、目の前を見覚えのある女性が通るすぎた気がした。
慌てて、もう一度見るとそこには誰もいなかった。
「おかしいな、たしかに人の気配があったし、何処の誰だろう・・・誰かにみられていたようだが・・」
ちょうど、1台分のスペースを見つけたので、車を入れた。
天柿は、女性の洋服とか一度も買ったことはなかった。
昔、片桐裕子と買い物に行ったことは、何回もあるが裕子が買い物をしている間、天柿は他のところをみたり、本屋で立ち読みしたり、ただ、ぼーっとベンチで座って待っているだけだった。
「実際に女性の洋服を買うってこんなに勇気がいるとは思ってもいなかった・・」
天柿はできるだけ、年配の女性店員を探し、やっと人のよさそうな中年の小太りの店員がいたので声をかけた。
「あのう、忙しいところ申し訳ありませんが、姪に洋服を買ってやろうと思っているのですが、20代半ばくらいの女性ですが・・・もちろん、私の姪なんですけど」
天柿は、わざと『姪』を強調していった。
「かしこまりました。ところで体形とかは分かりますか?」
女店員は、微笑みながら天柿に質問した。
「そうですね・・・身長は165cmくらいで、ほっそりした感じです。あっ忘れていたメモがあった・・」
天柿は、莉恵から預かったメモをポケットから取り出し、急いで女店員に渡した。
「できれば、動きやすいカジュアルなものがいいんですけど・・・」
女性の店員は、にっこりと笑って。
「かしこまりました、それでは、さっそくコーディネートしてみますね」
しばらくすると、店員が何枚か洋服をもってきた。
「これなど、いかがでしょうか?動きやすいし、今年流行の、緑色を多く取り入れています」
女店員は、グリーン基調のポロシャツと、ジーパンを持ってきてくれた、他に数枚のシャツにジャケット、ジーパンも3枚買った。
「あのう、すいません、ついでに下着類も数枚欲しいのですが・・・」
天柿は、真っ赤になりながら女店員にお願いをした。
「いいですわよ、それでは私がそろえてまいります」
女店員は、詳しいことは詮索しないで、気さくに応じてくれた。
「よかった、もし若い女店員だったら、変体の中年男としかみなかったろうな」
女店員が下着類をそろえてくれたので、会計をすることにした。
「すいませんおいくらでしょうか?なんルクスくらいになるのですかね?」
「えっ!お客様、なにかおっしゃいました?」
女店員は不思議そうに天柿をみつめた。
「す・すいません、会計のところの電気があまりにも明るかったので、蛍光灯がなんルクスあるかと、気になりまして」
天柿は、とっさにごまかした。
「まいったな、すっかり金銭感覚も未来型になってしまった」
天柿は、頭をかきながら苦笑いをした。
「お客様、お待ちどうさまでした。全部で5万4千600円です」
天柿は、会計を済ませると、荷物を一度車に積み込み、食料品と小物を買うため、もう一度でパートの中に戻った。
戻る途中、やはり誰かにみられているような感じがしてならなかったが、そうもいってられないので急いで買い物をすることにした。
食料品売り場では、缶詰類、お菓子など保存食を選んだ。
タイムマシンにも、相当な量の保存食が詰まれてはいたが、念のため大量の食料品と、時間旅行に必要とと思われる、小物類を買い、急いで車に戻った。
エンジンを始動し、莉恵のまつ洋館へと戻った。
ドアの鍵を開けようとすると、鍵が開いているではないか。
中に入り、天柿は莉恵の名前を叫んだ。
「莉恵さん、いますか?何かあったんですか?」
天柿は、焦りながら部屋の中を探しまわったが、どこにもいない。
「どうしたんだろう、何か事件にでもまきこまれたのだろうか・・・・」
天柿は、すべての部屋を探したがどこにもいなかった。
ふと、窓の外をみるとリスと遊んでいる莉恵の姿がそこにあった。
「ああよかった・・・一時はどうなるかと思ったよ、冷や汗が出てきた」
天柿は、安心したのか、その場に座り込んでしまった。
少し落ち着いたので、天柿も外に出てみることにした。
「莉恵さん、楽しそうだね!ずいぶんとなれたリスですね、私もこのリスが初めてみたんですよ」
「あっ、お帰りなさい、窓の外にリスがいたので、思わず庭にでてしまいま
した。このリス、岩森博士が飼っていたのかしら」
「さあ、どうでしょうか・・そういえば、私も庭に出てゆっくりすること、はじめてなんですよ。この庭からの景色、いいですね、何回も不思議な夢に出てくるものになぜか似ている・・・」
「そうですわ、わたしもそう思います」
「洋服買ってきたので、着てみます?」
「ええ、この時代の洋服楽しみだわ」
ふたりは、たわむれているリスをしり目に、家のなかに入っていった。
洋服の入った、袋を莉恵に渡すと、天柿は別の部屋に移っていった。
「莉恵さん、着替え終わったら教えてくださいね」
しばらくすると、現代の洋服に着替えた莉恵が部屋から出てきた。
「天柿さん、どうかしら・・とてもレトロな感じだけど、素敵だわ」
「莉恵さん、とっても似合っていますよ。これから、仙台市内に行って見ましょう」
二人は、仙台市内に出かけていった。
走る車の中で、莉恵は、子供のようにはしゃぎ、ものめずらしそうに外をみていた。
「この世界では、空を飛ぶ乗り物、『ジェット旅客機』っていう乗り物もあるんですけど、専用の乗り場、空港という所からでないと乗ることができないんですよ」
「そうなんですか、でも、この時代の乗り物も、昔の映画とかでみたことありますが、実際に乗った感じは、違和感ないですよ。なにか、遊園地に来ているようで、とても楽しいわ」
「あっ、あれがジェット旅客機ですよ」
天柿は、前方の空にみえる、旅客機を指差した。
「面白い形をしていますね。なにか、魚みたいね」
莉恵は、しばらく笑いながら、ジェット旅客機を見ていた。
しばらくすると車は、仙台市内に入った。
仙台市内を車で走りながら、莉恵が書店のところで声を出した。
「すいません、車止められますか?」
「大丈夫ですが、何かあったのですか?」
心配そうに、天柿は莉恵にたずねた。
「子供のころ、歴史の勉強で、『伊達政宗』のことや、『織田信長』のことを習ったことがありました。なぜか、分からないんですけど、引きずり込まれるというか、わたしも不思議な夢をよくみたんです。」
「どんな夢だったんですか?」天柿は、不思議そうに莉恵にたずねた。
「それが、昔の武士に囲まれて危ないところを誰かに助けてもらう、そんな夢なんですが顔はなぜか、いつも、分からないんです。最近ではあまりみないんですけど、本屋のところにある、看板で昔の記憶がよみがえりました」
「不思議な夢ですね・・・私と同じだ。あっ、これがこの時代のお金です。カードでも買えますが、このお金を、使ってください。こちらでは、『えん』と呼びます。この紙幣に書いてある金額の数字が、そのままお金の、価値になっています」
天柿は、莉恵に財布を渡した。
「ありがとうございます、では、いってきますね」
莉恵は、書店の中に入り、物珍しそうにあたりをみまわした。
歴史コーナーの書物を数冊、手にとると、レジで会計をした。
「なんか、すごくわくわくする感じ、楽しいわ」莉恵は心の中でつぶやいた。
財布から、1万円をとりだし、店員に渡した。
本を持って、店をでようとすると、店員に呼び止められた。
「お客様、おつりを忘れています」
「えっ?おつり?・・ですか?」
一瞬何のことか、理解できなかったが、すぐに気がついた。
「あっ、すいません、ぼんやりしていたのもですから、ありがとうございます」
莉恵は、笑いながらおつりを受け取り、天柿が待つ車に戻った。
「莉恵さん、どうでしょうか、せっかくですから温泉に行きませんか?今、作並温泉のホテルに連絡を取ったら、2部屋とれたので行きましょうよ」
「温泉ですか?いいですわね、行ってみたいです」
「莉恵さんの時代では、温泉とかあるんですか?」
「ありますけど、『ホットスパ』と呼ぶほうが多いかな」
「それでは、行きましょう」
天柿は、車を一路、作並温泉に向けて進んだ。
途中、左手に、ニッカウィスキーの工場が見えてきた。
「あれが、この時代の『ウィスキー』という、お酒を造っている工場ですよ、今日はもう見学の時間が過ぎているので、見られないけど、明日でも寄りましょうか?」
「ええ、ぜひお願いします、それにしても、とても素敵なところね」
しばらく走ると、作並温泉に入ってきた。
「今日泊まるホテルは、『鷹泉閣岩松旅館』というところですが、料理は美味しいし、露天風呂が最高にいいですよ。会社の忘年会旅行で来たことがあります」
「忘年会旅行ですか?・・早く、露天風呂に入ってみたいな」
莉恵が、少女のようにはしゃいでいると、左側に『鷹泉閣岩松旅館』が見えてきた。
|
▲目次へ戻る
10.過去からの誘惑
『鷹泉閣岩松旅館』の右側に大きな駐車場がある。
車を右折し、駐車場に入った。
「さあ、着きましたよ。それでは、ホテルに行きましょう」
天柿は、莉恵の荷物も持ってあげて、ホテルに入った。
「わあ!すごくきれいねですね!」莉恵が思わず声をだした。
「いらっしゃいませ」フロント係が、あいさつをした。
「先ほど、電話した『天柿』ですが、お願いします」
フロントで、鍵を2個もらい、係の人が部屋に案内してくれた。
このホテルは、やまあいの傾斜地を利用して建てたホテルで、地上6階建て、収容人数550人、部屋数102室を誇る立派なホテルだ。
6015号室と、6016号室だ、天柿が6015号室を、莉恵が
6016号室を使用することになった。
「すいません、彼女の荷物を6016号室に入れて、夕食は、6015号室にお願いできますか?」
「かしこまりました。それでは、後ほど係のものが伺いますので」
案内係の男は、頭を下げて部屋を出て行った。
部屋の中を見渡すと、ふた部屋に分かれていた。8畳がふた部屋あった。
本当は、こんなに広い部屋にひとりでは、もったいなかったが、人様の大切なお嬢様を預かっているのだ。
天柿も男だ、何もないという自信はさすがになかったので、別々の部屋にしたのだ。
窓の外に川が見える、いい眺めだ。
「秋にくれば、紅葉でもっときれいなんでしょうね、莉恵さん、ご飯の前にお風呂でも行きますか?」
莉恵が赤い顔をしながら、もじもじしていた。
「あっ、すいません・・・私が待っていますので、部屋に帰って最初に、莉恵さんお風呂にいってください。
「これが、浴衣というものですが、どう着るのか分かります?」
「分かりません、教えていただけますか?」
天柿は、浴衣を取り出して、莉恵の洋服の上から、付け方を教えようとした。
そのとき、仲居がノックをして部屋に入ってきた。
「あっ、ちょうどよかった。仲居さん、こちらの女性、外国の生活がほとんどで、日本に来たばっかりなんですよ。浴衣と丹前の着かたを教えてくださいますか?」
「かしこまりました、ではさっそく・・・」
「少しまってください、莉恵さん。隣の部屋から荷物持ってきます。いっそ、浴衣に着替えたほうがいいですよね」
天柿は、莉恵から鍵を預かり、荷物をとりにいった。
「着替えたら教えてください、外に出ていますから」
天柿は、部屋の外でしばらく待っていた。中からは、莉恵の笑い声が聞こえた。
「お客様、お連れ様の着替えが終わりましたよ、どうぞお入りくださいませ」
仲居が微笑みながら、ドアを開けた。
天柿は莉恵をみてびっくりした顔をしていると。
「どうですか、天柿さん、似合います?」
「びっくりしたなあ、すごく似合っていますよ、初めて浴衣着たなんて信じられないです」
天柿は、本心からそう思った。
「食事は、何時頃運べばよろしいでしょうか?」
仲居が天柿に、たずねた。
「あっ、ごめんないさい、ありがとうございました。そうですね、7時くらいでお願いします」
仲居は、お茶を入れながら微笑んだ。
仲居がお茶を入れ終わり、部屋を出て行こうとしたとき、天柿は、仲居に5千円のチップを渡した。
「待っていますので、お風呂に行ってきてください」
「それでは、お風呂に行ってきますね」
莉恵は部屋を出たあと、天柿は、いろいろ考えた。
「岩森博士が私に言った、『君の人生を変えてしまった・・』あの言葉はいったいなんだったのだろか?
今まで、全然気にしなかったけど、これはおかしいな、何かあるのではないか?」
天柿は、急に不安になってきた。
天柿は、自分の小さいときからのことを回想し始めた。
「私が子供の頃は、何不自由なく優雅に暮らしていたはずだ・・・中学の時に父の会社が倒産して家を追われ、親戚の家に預けられたが・・・・特に変わったことはなかったはずだが・・」
天柿がいくら考えても、自分の過去が変わった様子はなかった。
しばらく物思いにふけっていると莉恵が部屋に帰ってきた。
「天柿さん、とてもよいお風呂でした。お風呂から魚が泳いでいるのが見えました」
莉恵は屈託のない笑顔で天柿に微笑んだ。
風呂あがり莉恵をみていると、天柿は自分の娘のことを思い出してしまった。
「莉恵さん、私には、あなたと同じくらいの年頃の娘がいるのです。しかし訳があって娘が小さいときに離ればなれになってしまったのです」
悲しそうにうつむいた天柿に向かって莉恵は優しそうに話しかけた。
「大丈夫ですよ、これからあえるチャンスはいくらでもありますわ」
「あっ、そうですね、すいません暗い話題になってしまって・・それでは、私もお風呂に行ってきますね。
私が帰ってきたころちょうど夕食になると思いますので、テレビでも見ていてください」
「はい、先ほど買ってきた昔の本を見ていますね」
天柿は立ち上がり、風呂に入りに行った。
莉恵は、仙台市内で買ってきた戦国時代の武将に関する本を読み始めた。
「伊達政宗ね、凄い人たちがいたんだな・・」
本を読んでいるうちに『織田信長』の名前が突然目に入った瞬間莉恵の体に変化が起きた。
「おかしいな、今まで気がつかなかったけれど、『織田信長』を見た瞬間、夢の記憶がかすかに蘇ってきたわ、そうよ、私は夢の中で戦国時代に行ったことがあるのよ・・・」
莉恵は興奮したようすでひとりごとをいった。
本を読んでいると、しばらくして天柿が風呂から帰ってきた。
「よいお風呂でしたね、いい気分です。 あれ?莉恵さんどうしたんですか?」
「えっ?あらごめんなさい、少し考え事をしていたので・・・」
「なにか気になることでもあるのですか?お父さんとかお母さんには連絡したのですか?」
「あら、いけないすっかり忘れていました。すぐに連絡をとりますね」
莉恵は、小さなバッグから、携帯電話のようなものを取り出すとスイッチを入れた。
「あっお母さん、莉恵です。今20世紀の日本の仙台の近くに来ているんだけど、わたしのほうは別に変わったことがないから心配しないでね、お父さんはいるの?」
「莉恵大丈夫なの?あまり無理をしてはいけませんよ。お父さんは会議で遅くなるそうよ」
莉恵は、20世紀の世界のことを、楽しそうに母親に話すのだった。
数分が過ぎたころ夕食が運ばれてきた。
「じゃあ、お父さんに『心配しないで』っていっておいて、また連絡するね」
「あなたも気をつけてね」
莉恵は無線装置をバッグにしまうと振り向いた。
「天柿さんごめんなさい、父はいませんでしたが、母と話すことができました。この機械ほんとにすごいですよね? わたしの世界でもこんなべんりなものないですわ」
「岩森博士って凄い人ですね。さあ莉恵さん、食事がきていますので冷めないうちに食べましょう」
天柿は、通常の食事のほかに、特別料理もたのんでいたのだ。
テーブルいっぱいに並んだ料理はふたりでは食べきれないほどだったが、天柿と莉恵は楽しいひとときを過ごした。
ふたりはビールを少し飲んだ後日本酒をたのんだが、このお酒が料理とマッチしてとても美味しかった。
「このお酒とても美味しいですね、いくらでもはいってしまいそう」
莉恵は恥ずかしそうに笑いながら天柿をみつめていた。
天柿は莉恵の仕草に『はっとした』がすぐわれを取り戻した。
「大分お酒が効いてきましたね、今日はそろそろ休みましょうか?」
天柿が莉恵に話しかけると、莉恵は突然真剣な顔つきになった。
「天柿さんお願いがあるのですが・・・」
「な・なんでしょうか?」
天柿は一瞬ふらちなことを考えた。
「実は、先ほど歴史の本を読んだのですが、私が昔不思議な夢を見たことは話しましたよね。なぜか分からないのですが、戦国時代に行ったことがあるような不思議な感じがしてきたのです」
「えっ? それじゃあ莉恵さんはタイムマシンに乗ったことがあるんですか?」
「そうでないのですが・・・戦国時代に隠された秘密があるような気がするの・・」
「分かりました・・・それでは明日一度松島に戻って戦国時代に行ってみましょう」
ふたりはあらためて、莉恵の買ってきた本に目をやった。
しばらくすると仲居が料理の後かたづけをするためやってきた。
「いがでしたか? お料理のほうは」
「とても美味しかったですよ」
ほぼ同時に天柿と莉恵がしゃべったためふたりは顔を見合わせて笑った。
仲居もそんなふたりを見ながら微笑んでいた。
「いかがいたしましょうか? お布団を敷きましょうか?」
仲居の突然の言葉に天柿はしどろもどろになりながら答えた。
「そ・そうですね、莉恵さんの部屋のも敷いてもらったほうがいいですよね?」
「ええ、そうですね」
莉恵も恥ずかしそうに話した。
「それではごゆっくりと休んでくださいませ、明日の朝食は7時からとなっております」
布団を敷き終わると仲居は帰っていた。
「それでは莉恵さんも疲れたでしょうから、今日は部屋に帰ってゆっくり休んでください」
「ありがとうございます。部屋に帰ってもう少し本を読んでから休みますわ」
本当はもう少し莉恵と話をしたかった天柿であったが、自分も頭の中を整理したかったので休むことにした。
|
▲目次へ戻る
|